01
―“グリムジョーが帰ってこない”錦からそう言われたウルキオラは、事実を言うべきか否か迷った。
従属官を連れた無断出撃、及びそれらの敗死。その罪は重く、東仙に左腕を斬られ、十刃から落とされた。グリムジョーの身を案じている錦にこれを伝えたらどうなるのか。想像に難くない。
「…詳細はじきに藍染様から知らされるだろう」
「あまり良い報せではなさそうだな…」
表情を沈める錦。
「…………花」
「え?」
「帰りを待つ間、花を育てたら良い」
どの花を育てるか選ぶと言っただろう。
そう告げれば、錦は顔を綻ばせた。いつもよりは元気がないが先程よりもマシだ。
「ありがとう、ウルキオラ」
「…………虚に礼を言う死神は珍しい」
「え?」
「いや、なんでもない」
それから花図鑑を読む為に(錦にせがまれた時から買ってきてもらうよう市丸に頼んでいた)ウルキオラの自室に向かった。
ウルキオラの部屋に入ると、錦は興味深そうにキョロキョロと周囲を見回したが、すぐに落ち着いてソファに座った。この部屋には最低限の家具しか置いていない。色味のないこの部屋において、鮮やかな表紙の花図鑑はひどく浮いていた。まるで錦みたいだとウルキオラは思った。
「ウルキオラはどんな花が好きなんだ?」
「特にない」
そもそも種類も知らない。
「…ウルキオラって何でも知ってそうな見た目をしているくせに割と疎いな」
「どんな見た目だ、それは」
「まあ良いや。なら色とりどりの花壇にしよう。たくさん種類があったほうが楽しいだろう」
「………たのしい」
「そう、楽しい」
花を見ることが楽しい気持ちに繋がるらしい。ウルキオラにはよく分からなかった。
「あっ見て。この桃色の金魚草可愛い」
ふわふわした花が先端についている。金魚草という名前だけあって、花の形が金魚に似ている。白、ピンク、オレンジ、赤など、様々な色の花があるようだ。
「この花言葉とは何だ」
写真の隣に書かれている文章に、些か疑問を抱く。錦曰く、花言葉とはその花の特質などによって象徴的な意味を持たせたものらしい。「下らん」一言、感想を述べれば錦が唇を尖らせた。
「まったく…情緒の欠片もないな」
「……金魚草の花言葉、“お喋り・お節介”か。お前によく似ている」
「似てない!!」
「お前が以前言っていたアンズという花はどんな花言葉なんだ」
えっと、と呟きながら錦がページをめくる。どうやらアンズは木になる花らしい。
「あった」錦が見せてくる。“臆病な愛・乙女の恥じらい・早すぎた恋・疑惑”。
「あまり良い印象ではないな」
その時ふと、本当になんとなく、ウルキオラはグリムジョーを思い出した。錦の隣にいることが当たり前になってしまった彼の背中が、この時何故か脳裏に過ぎった。
「可愛い花なんだけど…」
「まあ良い。どうせ木なんだろう。今作ろうとしている花壇には植えられん」
「……。そうだな」
その後、ウルキオラは藍染に球根と土を貰えないか頼みに行った。彼は錦の頼み事なら大抵許すので、今回もそうだろうとウルキオラは考えていた。予想通り藍染は二つ返事で了承してくれた。
『お前、藍染があいつを使って何をしようとしてるのか知ってるか?』
このまま引けば良い。そう思っていた筈なのに、いつかの時に訊かれたグリムジョーの質問がウルキオラの脳を支配した。
思い出すのは、自分の部屋で帰りを待っているであろう錦。
「あの、藍染様」
グリムジョーだけでなく、自分まで彼女に感化されてしまったのだろうか。「一つお訊きしてもよろしいでしょうか」気づけばそんな言葉を口にしていた。
「藍染様は何故あの死神の記憶を改竄し、我々と共にいさせているのでしょうか」
「…気になるかい、ウルキオラ」
ふ、と小さく笑う藍染。
「少し頭を捻れば分かることだ。そうだな…ヒントをあげるなら…君たちの性質に関係している」
ザエルアポロは勘づいたみたいだね。と藍染は淡々と述べる。以前の襲撃を知っていたのだ、この男は。錦に攻撃してはいけないと公言したくせに、黙認していたのだ。(…グリムジョーが聞けば怒りそうだな)冷静に考えていたウルキオラであったが、もう一方で胸の中に鉛でも詰まったような感覚を受け、そっと眉をひそめた。
「心配することはない」
言葉を続ける藍染。
「グリムジョーが十刃から落とされた今、彼の後任であるルピに錦を預けようと思う」
「!」
「彼は十刃に入ったばかりだから、ウルキオラ、それとなく
ルピの気性を知っていて言っているのか。多分、グリムジョーの時と違ってルピと錦は仲良くなれない。どうしてか容易に想像することができた。
「お言葉ではありますが、ルピと錦が上手くやっていけるとは…………」
「だから、慣れるまで君が見ていてくれ」
“できるだろう、ウルキオラ”
圧力が、体にかかる。霊圧を上げてきたのだ。これは命令。逆らうことは許されない。
「、了解しました」
「ありがとう。やはり君は頼りになるね」
同じ言葉なのに、どうしてこうも藍染が言うと皮肉のように聞こえてしまうのだろう。
疑問が更に湧く。しかしながらこの時のウルキオラではそれを解明する術を持っていなかった。ただひたすら、藍染の意のままに頷くことしかできなかったのである。