03

 その時、グリムジョーは苛立ちに包まれていた。ない筈の左腕が疼くと同時に思い出すのは、最近行動を共にしていた死神の女。
 あれは今頃どうしているのだろう。
「…くそっ」
 六番を降ろされたのだからそこには当然、後任の別の破面が入る。確かルピといういけ好かない奴だった気がする。彼は侮蔑した目つきで己を見てきたため、記憶に残っていた。多分彼女は、今度はルピと一緒にいるのだろう。扱いにくい彼女を果たしてルピは御しきれるのか。
『…待ってる』
 思い出すのは出撃直前に星空の瞳を向けてきた彼女。あれを脳裏に浮かべる度、グリムジョーの孔に風が通る。ひどく気持ちが悪い感覚だ。
 ――馬鹿馬鹿しい。
 かぶりを振り、軋む感覚を外に追いやる。
 ――あんな奴どうだっていい。
 ――案外あの野郎と仲良くなってんのかもしれねえ。
 ルピと彼女が並ぶ背中を想像する。するとどういうわけか気分が悪くなった。ゾッとするような不快感が押し寄せる。いまだ任務に対する責任感があるのかと驚愕しつつ、そういえばルピ程度に護衛が務まるわけがないと考え直した。この不快感は任務失敗の想像によって生み出されている――グリムジョーはそう結論づけた。
「ちょっとアンタ!」
「あ?」
 甲高い声に振り返れば、不機嫌そうな女破面がこちらを睨めつけていた。
 チルッチ・サンダーウィッチだ。
「錦はどうしたのよ!」
 そうしてチルッチはキイキイと煩い声で彼女の名を口にした。
「…てめぇには関係ねえだろ」
「ハァ!?そんなわけないでしょ!私はあの子と友達なの。関係ないわけないじゃない」
 ――そういやディ・ロイがンなこと言ってたな。
 そこでふと、敗死した仲間たちのことを思い出す。ディ・ロイは帰ったら彼女と共にお菓子を作ると言っていた。なんでも、彼女自身得意らしい。
「ちっ」
「舌打ちしないでくれる?」
「一々うるせえ野郎だ。俺は十刃から落とされたんだからあいつのことなんか知らねえよ」
 そう、何も知らないし知る必要もない。もう任は解かれたのだ。慣れない護衛なんてしなくていい。失敗のことが頭を過ぎったが、それもいつかは何とも思わなくなる。それだけだ。
 グリムジョーの素っ気ない言葉を聞くと、チルッチは顔を歪めた。
「可哀相な錦」
「…あァ?」
「あの子、ルピと上手くいってないんだって」
「……だろうな」
 彼女と上手く付き合えるのなんて、破面では己くらいだろう。
「胸倉掴まれてたわ。ウルキオラが止めに入ったから何ともなかったみたいだけど」
「………、」
「アンタ何とも思わないわけ?」
 責める目。どうしてお前は彼女の為に何もしないのだと言いたげなそれがグリムジョーを射貫く。
「…死神なんかと友達ごっこしてる奴にンなこと言われる義理はねえよ」
「アンタ…それ、本気で言ってるの?」
「死神は敵だぜ。当たり前だろうが」
 するとチルッチはぐっと何かを堪えるような顔をし、「最低」ただ一言、そう吐き捨てた。声には憎悪が籠められていた。彼女がどうしてそこまであの女死神に肩入れするのかはまったく分からなかったが、どういうわけかチルッチのその態度はグリムジョーの神経を逆撫でした。
「外野が喚いてんじゃねえよみっともねえ!死神に味方するってんならてめぇも敵だぜ」
「アンタだって錦を護ってたじゃない!」
「あれは命令だったからだろうが!」
「嘘よッ!」
 ――何でそんなにも食ってかかる?
「アンタは本気だったじゃない!錦とずっと一緒にいてくれたし、話し相手にもなってくれた!ザエルアポロやノイトラから護ってくれた!あれを嘘だとは言わせない!!」
 ――何でそんなにも錦を想える?
 ――あいつは死神なのに。
 ――敵なのに。
 これ以上聞いてはいけない。
 聞けば恐ろしい何かに気づいてしまうと反射的に感じ、背を向ける。
「…付き合ってらんねえ」
 逃げるように響転でその場を去る。チルッチの射るような視線は、グリムジョーの脳裏と背中にいつまでも刺さっていた。
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