05

 宣言通り、テスラは毎日足繁くキッチンへ通った。いつも真剣に錦の指示を聞き、慎重な手つきでロールケーキを作る様はまるで菓子職人を目指す学生だ。
「…お前は他の菓子も作ることができるのか?」
 クリームを泡立てている途中、テスラがおもむろに話しかけてきた。普段は大抵無言で作業をするのでびっくりしてしまい、少し反応が遅れながら「まぁ…そうだな」と返事をする。
「どうやら洋菓子を作るのが好きだったらしい」
「らしい?」
「貴族騒動に巻き込まれて記憶が混濁しているみたいで」
 するとテスラは僅かに目を瞬かせ「ああ」と頷いた。「そうだったな」ホイッパーを動かす手が、僅かに緩慢になる。そうしてまた無言。カチャカチャと器具がぶつかる音が二人の間をすり抜け、なんとなく虚しくなった。
「お前、何とも思わないのか」
 しかし意外なことにテスラが言葉を重ねてきた。驚きのあまりまたもや反応が遅れ、彼の眼帯に覆われた横顔を見つめる。
「何ともって…」
「この状況にだ」
 疑念を突かれた気がした。
「よく平然としていられるな」
 冷たい声音だった。侮蔑にも似たそれを受け止め、錦は考える。「平然とはしてない」そう、余裕などない。ただあるのは猜疑心だけ。唯一己を護ってくれるグリムジョーがいなくなり、一人になって漸く分かった。現状は、どこかおかしい。
 だけど――。
「かえりたくない」
「――!」
 クリームを泡立てる音が止む。テスラの瞠目した表情を見て、錦は自分が何を言っているのか恐ろしくなった。
「私、向こうが嫌いみたいだ」
「……」
「お前たちの傍にいるほうが落ち着くなんて、変かな」
 無理やり口の端を上げて笑みを作れば、彼は片眉をつり上げてクリームへと視線を戻した。
「さあな。僕には関係ない」
 彼らしい発言だ。元々慰めなんて期待していなかったので傷つきはしない。
 また沈黙が降りかかる。だが、特に苦痛はなかった。



「まあ、マシだ」
 品評会かと突っ込みたくなるような緊張が張り詰めた空気の中、ノイトラは言い放つ。テスラはこの状況に違和感を覚えないのかと錦は心底不思議に思い彼を一瞥したが、真面目にノイトラの話を聞いていた彼にそれが届くことはなかった。
「ありがとうございます!」
「今までで一番マシなだけだ」
「はい!改良を続けます」
 ――破面ってこんなものなのか?
 一番口に出したい疑問である。褒められて嬉しそうなテスラはまさしく従順という言葉が似合っている。破面は元々虚だということは藍染から聞いていたので、彼のこういういかにも人間らしいところを目の当たりにしてちょっとばかり動揺した。
 取り敢えず今の彼らにはあまり関わらないほうが良いだろうと判断し、汚れた器具を片付けるために踵を返す。
「貴様」
 しかしテスラに呼ばれたため、振り返る。ノイトラがロールケーキをひたすら頬張ってる姿を背景に、彼は相変わらずの無表情で錦を見据える。
「名は」
「え?」
「名はなんという」
「…芦屋錦」
 よく分からないが素直に名前を口にすれば、満足したように彼は顎を引いた。
「僕はテスラ・リンドクルツ」
「はあ」
「今度は別の洋菓子の作り方を教えろ」
 言うだけ言ってテスラは再びノイトラの隣に座って紅茶を淹れ始めた。(え…え?)なんだか理解できないが、どうやら認めてもらえたらしい。
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