01
「それにしても私たちが暮らしていた場所は不思議なところだったんだな」しみじみと述べる錦に「ああ虚夜宮?」と返答するのは、第一十刃コヨーテ・スタークの従属官であるリリネット・ジンジャーバックである。
「錦は今まで外に出たことなかったの?グリムジョーが連れて行ってくれなかったんだ?」
「まあな。というか青空があったから既に外に出ているものだとばかり思っていた」
「あの青空、藍染様が作ったんだよ」
現在グリムジョー含む錦たちがいるところは虚夜宮の外側である。ある日リリネットとお喋りをした際、青空が本物ではないことを知った錦が外に出たいと駄々を捏ねたのが事の始まりだ。なんだって俺がそんな面倒なことに付き合わなきゃなんねえんだ――グリムジョーにはそういう不満が大いにあったものの、広大な夜の砂漠で迷子になられても困るので渋々同行したわけである。
「つか何でてめぇまで一緒なんだ」
ぎろりと睨むが、それをするりと避けたスタークはあくびを噛み殺して脱力した。
「リリネットがどうしてもついて来いってよ……ま、可愛い女の子がはしゃぐ姿を見るのは悪くねェし構わねえと思っただけ」
「……」
「あ、怒った?」
「何でそこで俺が怒んなきゃなんねえんだよ」
下らない言葉に乗る気はないとばかりに顔を背ければ「つれねえなあ」とぼやかれた。
視線の先の錦はしゃがみ込んで何かを見ていた。一体何をしているんだとよくよく観察すれば、彼女の手の中にはトカゲ型の小さな虚がいた。「ちょっと可愛い…」などと呟いている彼女に、内心でお前は死神なんだぞと突っ込む。大方飼いたいと思ったのだろう、期待に満ちた目で見られたのでグリムジョーは無言で首を横に振った。途端、彼女の表情が曇る。
二人のやり取りを見てスタークが笑う。
「良いじゃねえか、ペットくらい」
「馬鹿かてめぇ、あいつは……」
死神という単語を言うのが何故か憚られた。意図せず言葉尻が消えたことを察したらしく、スタークが何とも言えない声を上げて後頭部を掻いた。
「もうちょい気楽にやれば良いんじゃねーの?」
「あ?」
「だからさァ、そんなしょうがねえことグダグダ考えたって意味ねえよ。あの子との生活を単純に楽しんだほうが後々楽だぜ」
「別に大して考えてねえよ」
「そうか?俺にはとてもそうは見えないがね」
グリムジョーはスタークが苦手だった。自分より殺戮能力が高いこともそうだが、仲間意識の高いところが何より苦手だった。同じ破面で十刃だからという理由で信用しようとするところが嫌いだったのだ。そしてそれを毛嫌いすると、理解するような目を向けてくるのだから尚更不愉快な気分になる。
まさしく今のように。
「俺は――」
一体どんな言葉を用意するのか、まったくもって想像がつかなかったが何故か口が開く。
しかしその先はリリネットと錦の声に遮られた。
「危ない錦!!」「きゃあッ!」
声に釣られ、グリムジョーとスタークの意識が一瞬でそちらに向かう。視界には大きな蟻地獄とそれに足を取られる錦の姿があった。「リリネット!何があった!」「分かんないよ!なんか急に――」二人の会話が物理的に遮断されたような錯覚。無音になった世界で、グリムジョーは無意識に響転を使って蟻地獄に飛び降りた。不思議なことに迷いはなかった。
「捕まってろ」
飲み込まれかけた錦を引き上げ、己の腹に腕を回させる。地面に剣を突き刺して中心の穴に引き込まれないようにしてみたが、あまり意味がなかった。地底より微弱ながら霊圧を感じるところから察するにこれは自然現象ではないらしい。
――ちっ、めんどくせえ。
足元が埋もれてゆく感覚に苛つきながら錦の腰を強く抱いた。
「おい、離すんじゃねえぞ」
「え……!?」
どうするのか理解していない彼女が当惑の色を見せる。しかしながら説明している暇はなかった。グリムジョーは衝撃に備えて、ただ、錦を離さないように腕に力を込めた。
刹那、浮遊感に襲われ錦がしがみついてくる。グリムジョーはどこから急襲されても良いように殺気を研ぎ澄ませて足元の暗闇を睨みつけた。
落下の最中、暫くして地面が見えてきた。周囲に敵の気配はなかったのでそのまま着地する。錦を解放してやればまだ落下の衝撃が抜けないのかふらついていた。しっかりしろよと背中を叩けば地面の小石に躓く。
「何をするのだ!」
「お前何でそんなふらふらなんだよ」
「いきなり落下してまともにいられるわけがないだろう!」
涙目で訴える錦を適当にあしらい、頭上を確認する。点のような光があった。地上は遠いらしい。
「にしても敵はいねえのか」
「……ここは一体どこなんだろう」
「さあな」
地下には大虚の住処があると聞いたことがあるが詳細は知らなかった。今は敵の気配はないもののどこから不意を衝かれるか分かったものではないし、とにかく早い内に戻ったほうが賢明だろう。
「錦、あんまり離れるんじゃねえ」
勝手にどこかへ行ってしまいそうな彼女を窘め、こちらに来るように手招きすれば小走りに戻ってくる。
その、刹那―――一瞬きした折、彼女の背後に何者かの影があった。
「!?」
「え――」
反射的に刀を振り上げたが遅かった。空を切った刀は地面に突き刺さり土煙を上げる。
「くそっ…!!」
目の前で、錦が連れ去られた。