02

 錦は自分を抱えて木々の間を駆ける人物を観察した。顔は仮面で見えないが、黒装束に斬魄刀を携えていることは分かった。
 死神の格好だ。
「おい離せ」
 死神は答えない。ただ前方を真っ直ぐ見据え、目的の場所に向かっているようだった。
「離せと言っているのが分からないのか」
「……」
 無理にでもその腕を振りほどきたかったが、今ここで自由になれば地面と正面衝突は免れない。仕方がなく言葉だけで抵抗していると、死神はおもむろに降下を始めた。正面には穴蔵の入口。どうやらそこに入るらしい。中は明るく、天井には何らかの光が添えられていた。そこで、漸く地面に足をつけることを許された。すぐに二三歩離れたが死神は特に口を開かない。
「…き、貴様…一体何なのだ」
「……」
「いい加減何か言ってくれないか。私はグリムジョーのところへ帰らないと…」
「あの虚のことか」
 そこでやっと声が聞けた。存外低い声で、青年だと分かった。
「何故虚と行動を共にしている」
「それは……」
「死神の味方ではないのか」
 奇妙な物言いだと思った。グリムジョーの元へ帰ることがどうして死神の味方か否かに繋がるのだろう。
 疑問が顔に出ていたのか、死神は僅かに頭を傾けて開口する。
「お前は死神だろう」
「は?」
 ――何を言っているんだ、この男は。
 錦は死神ではないと自負している。護廷隊に入っていないどころか霊術院に入学したこともない。屋敷の中で目つきの者と共に暮らしてきただけの存在だ。
「わ、私は死神などではない。貴様の勘違いだ」
「? 何を言っている。その霊圧はどう見ても…」
 その瞬間、背後からビリビリとした空気が流れ込んできた。
 この感覚を、錦は知っている。
「グリムジョーだ」
「なに――」
 一閃。錦の傍らを通り過ぎた蒼い影。それは次の瞬間には刀を振り下ろし、死神を腕力で押し負かして吹っ飛ばした。
「無事か」
 一言問うてきたので頷けば、相変わらずの鋭い瞳に殺気が乗った。死神を睨めつける眼光は、それだけで命を絶てそうだ。
「こいつに何の用………いや、まあ良いか。殺せば何の問題もねえ」
「っ…お前は……何故その女と共にいる」
「あ?」
 突然の質問に眉を寄せるグリムジョー。「お前たちは“敵”の筈だ」更に死神は語りかける。特に、錦に対して。
「囚われているのか?それとも自分の意思でそちら側にいるのか?」
「どういう……」
「俺からの問いは一つだ」
 そこでグリムジョーが遮る。「俺たちをここまで引きずり込んだのはてめぇか?」殺気混じりの言葉に死神が首を横に振る。どうやらこれ以上の問いかけが無駄だと悟ったらしい。
「虚の中には蟻地獄を発生させる者もいる」
「成程な。取り敢えずそいつぶった斬って帰るか」
 刀を降ろし、行くぞと踵を返すグリムジョー。先程の問いかけの意味を計りかねていた錦であったが、グリムジョーの背を追うことにして――背後を気にする。
「……グリムジョー、どうしてあいつは私たちの後をついて来るんだろう」
「こっちが訊きてえよ」
 どういうわけか数歩下がって同じ道を歩む死神。斬魄刀を抜いていなければ殺気もなく、ただついて来ているだけのように見えるためグリムジョーも余計な戦闘をしようとは思わないらしい。ただ鬱陶しそうに溜息をついた。
「えっと…名前は何というんだ?私は…」
「おい錦」
 窘めるグリムジョーの袖を引っ張り、まあ聞いていろと制する。彼は眉根を寄せて不満そうにした。
「俺の名はアシド」
「私は芦屋錦。こっちはグリムジョー」
「芦屋というのはあの芦屋家のことか」
 芦屋家は上級貴族だ。こんな薄暗い森の中にいる死神でも家名くらいは知るくらいの。尸魂界での地位を理解していた彼に、錦は安堵する。ここでは芦屋家を知る者は少ないため、たまに尸魂界や芦屋家が本当に存在しているのか不安になるのだ。
「それで、芦屋家の者が何故このような場所にいる」
「ややこしい事情があってだな。尸魂界では今、貴族の覇権争いが激化していて…」
「錦」
 ぐい、と腕を引っ張られる。グリムジョーの強い瞳とかち合った。もの言いたげな蒼いそれは、少し揺らめいていた。動揺ではない。ただただ、震えているように感じた。
「虚が来る」
 アシドの言葉に交錯が消える。すっこんでろと言われ、錦はグリムジョーの背後に隠れた。孔の開いた彼の背中からは、何も感じ取れなかった。
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