04

「蟻地獄に囚われたとスタークから聞いた。大丈夫だったのか?」
 そう問うてきたのは十刃の中で紅一点のティア・ハリベルである。彼女は前々から錦を気にかけてくれていて、特にグリムジョーが十刃から降格になった際は何かと交流を持ちかけてくれた。彼女の従属官である三人も、口は乱暴だが何だかんだで話を聞いてくれたりする。
 そんな四人を前に、錦は笑みを作る。
「グリムジョーが助けてくれたから大丈夫だ。心配してくれてありがとう」
「へっ、別に心配なんかしてねーし!」
「うるさいよアパッチ」
「素直に良かったと言えないものですのね」
 茶化すミラ・ローズとスンスンに怒り心頭のアパッチ。相変わらず仲の良い三人組を微笑ましく思いながら、錦は彼女たちが用意してくれた紅茶の水面を眺める。当然だが、蒼色と正反対の色。
「何かあったのか」
 機微をいち早く察したハリベルが訊ねる。
「…どうして」
「そんな気がした。…浮かない顔だ」
 ハリベルの言葉にアパッチたちが口を噤む。先程とは打って変わって静かになった場に、錦は力なく笑った。嫌な空気にさせてしまったと、思ったのだ。折角お菓子も持ってきたというのに勿体ない。しかし今更お茶会の空気に自力で戻せるほど傷心していないというわけではなかった。

『グリムジョー!今の見たか!?すごいだろう!私、鬼道が使えた!』
『……ああ、すげーんじゃねえの』

 あの、どこか消沈したような声音。動揺を隠せずに逸らした蒼い瞳。それが脳裏にこびりついている。あの時の彼は、紛れもなく錦が鬼道を使えた事実に寂寞を感じていた。
「グリムジョーは私が死神の力を使えることが嬉しくないみたいだ」
「……それって…」
「スンスン」
 ハリベルの制止に慌てて口を閉じるスンスン。どうしたんだろうと思ったがスンスンはもう話す気はないらしい。そして交代のように今度はアパッチが元気な声で意見を述べる。
「…あれだよあれ!錦が自分で戦えたらグリムジョーの奴、もうお役御免だろ?それだとつまんなくなるから錦に戦う力があることが嬉しくねーんだよ!」
「確かにあいつは戦うことが生き甲斐みたいな獣だしね。あんたって結構巻き込まれ体質みたいだし、グリムジョーからすれば戦いを運んできてくれる奴だと思われてるんだよ」
 普段は犬猿の仲であるアパッチとミラ・ローズが同じような意見を言うことが少しおかしかった。だが、頑張って励ましてくれようとしていることはよく分かったのでありがとうと述べて微笑む。しかしそれは形だけだったようで、こちらを注視するハリベルの顔色は優れなかった。
「あまり気にするな。お前が考えている以上に、グリムジョーはお前をよく想っている」
「…そう、かな」
「ハリベル様が言うのだから、きっとそうよ。もっと自信をお持ちになったら?…ああ、そこのお馬鹿さんたちの有り余る無駄な自信を貴女に分けられたら良いのだけど…」
「「んだとスンスン!」」
 ――優しい人たちだ。
 細やかな気遣いに感謝しながら彼のあの寂寞の瞳を記憶の奥底に沈める。何故彼があそこまで哀しそうにしたのかは分からないが、錦が今できることは死神の力を使わないようにすることだけであった。
 ――それに…。
 ――もう一つ、気になることがあるし。
 地下で出会ったアシドという死神。彼の『お前は死神だろう』という発言は、呪いのように錦の背後を追いかけていた。これは相談できない。誰にも――グリムジョーにも。
 もしかしたら己は死神だったかもしれないなんて、誰にも言えない。
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