08

 乾ききらない涙の痕を視線でなぞり、グリムジョーは一先ず自室のベッドに錦を横たえた。どうやら泣き疲れて眠ってしまっているようでぴくりとも反応しない。
「眠っているのか」
 背後にいたウルキオラが分かり切っていることを訊ねる。彼の声を聞いた途端、グリムジョーの中に怒りの感情が湧き上がる。
「てめぇ…!何であの女をこいつと会わせた!」
「藍染様のご命令だからだ」
「あァ?!」
「接触させ、動向を観察しろと」
 ――は?何だそりゃ。
 ――つかそれ真っ先に俺に言うべきだろ。
 折角死神に関する事柄を避けていたというのに台無しだ。やはり、藍染の意図がまったく理解できない。
 一体何のつもりだと問い詰めようとしたその時、ある霊圧が部屋の前を通りかかった。
「なにやらちょっとした騒動になってるみたいだね」
「…お前を呼んだ覚えはないぞ、ザエルアポロ」
「そう邪険にしないでくれウルキオラ。なに、僕にできることがあればと思い、来ただけさ」
 相変わらずの舐めるような眼差しに不快感が増す。藍染のことだけでも手一杯だというのに、ここに来てこんな科学者キチガイに構っていられない。
「何の用だてめぇ」
「馬鹿は人の話を聞かないことで有名らしいが、君はそれを一々僕に証明してくれているのか?」
「あ?」
「下らん諍いはよせ」
 ウルキオラに窘められザエルアポロはこれは済まなかったと謝罪する。八番が四番に盾突くような真似はしないらしい。つまらない奴だと心中で侮蔑し「さっさと出ていけ」と述べる。しかし彼は退出の素振りを見せないどころか、笑みを深くして開口した。
「彼女の様子はどうだい?」
「……は?」
「聞こえていないわけじゃないだろう?仕方ないな、もう一度言うよ。『彼女の様子はどうだい?』」
 何故ザエルアポロが錦を気にする?
 予想外の質問に黙れば、彼は嘲笑した。
「なんだ、もしかしてまだ馬鹿正直に彼女を護っているのかい?」
「…どういう意味だそりゃ」
 問えば、彼は至極面白いと言わんばかりに両手を広げた。
「いや済まない!まさか君がそこまで正直者だとは想像もしなかったからね!君はどちらかといえば獣に近い存在だと思っていたし、まさかこういう結果になるとは!」
 そして彼は興味深いと言わんばかりに顎に手を添え、なにやらブツブツと呟いていた。完全に置いてけぼりを食らったグリムジョーは、記憶を失くした錦と初めて会った時に感じたものと同質のものを抱いた。
「おいウルキオラ」
「俺は知らん」
 何故ザエルアポロがあんなにも興奮しているのか問おうとしたがそれよりも早く否定されてしまった。思わず不機嫌になればウルキオラは無表情のまま部屋を出て行った。結局彼は何をしに来たのか。「ああそうだグリムジョー」彼の動向について思考していれば無駄だと言わんばかりにザエルアポロが話しかけてきた。
「こんな面白いものを見せてくれたお礼だ、何か必要なものがあれば僕を頼るといい」
「ハァ?誰がてめぇなんか……」
「そんなことを言っていいのか?どうせもうすぐ決戦だ。彼女の立場を考えると、この先の未来は芳しくないんじゃないかな?」
「――!」
 まさかそんなことをザエルアポロに言われるとは思いもしなかった。この男を頼るなんて冗談じゃないが、未来に対して漠然とした不安は確かにある。それを見透かしているザエルアポロは更に嬉々とした笑みを浮かべた。
「別に下心なんてないよ。ただ本当に、良いものを見させて貰ったからこのくらいのお礼をしなければ失礼と思っただけだ。いくら虚といえど、礼節くらいは心得ている」
 虚だったら尚更怪しいだろうという言葉は飲み込む。
「じゃあ、一つだけ」
「言ってみたまえ」
 使う機会が永久に来なければ良いのにと頭の片隅で思いながら、グリムジョーはそれについて話した。
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