01

 侵入者の報せを受けた時、錦はグリムジョーの部屋にいた。どうやらウルキオラが用意してくれたらしい花図鑑を読んでいて、突然やって来た下っ端の破面を興味深そうに見つめていた。
「招集がかかったから行ってくる。間違っても部屋から出るんじゃねえぞ」
「分かっている。グリムジョーは心配症だな」
 苦笑する錦を視界に収め、部屋をあとにする。
 心配――。
 そう、グリムジョーは心配していたのだ。これからのことを。自身についてはどうにでもなるが、彼女は違う。もし死神たちが彼女を裏切り者と判断しているのなら、錦はもう、帰れない。そして藍染もどうせ彼女をずっとこのままにしているわけがない。
 (くそ、何で俺がこんなこと…)悪態をつきながらも先を案じ続ける。少なくとも十刃が揃った部屋で物思いに耽るくらいには、グリムジョーの意識は彼女に囚われていた。
「まずは紅茶でも、淹れようか」
 藍染の一言で漸く現状を思い出す。
 どうやら敵の人数は、人間二人と死神――黒崎一護の三人らしい。他の死神なら興味も湧かないところだったが、黒崎一護という無視できない存在にグリムジョーの心臓が冷える。三人は井上織姫を奪還に来たらしいが理由なんてどうでもいい。
 一番の獲物がじぶんの領域に踏み込んだ――それが重要だ。
 今すぐにでも喉笛を掻っ切りに行きたい。衝動的な殺意に襲われたが、自身の心の内で何かが囁く。

 “錦を置いて行って良いのか?”

 現世へ無断侵攻をして、結局どうなった?彼女をただ悲しませただけだった。仲間も死なせ、一時は地位も陥落してしまったではないか。
 同じ轍を踏むのかと、心の内で誰かが責め立てる。
 まさか理性とでもいうのか、それの所為で浮かしかけた腰が椅子に沈む。みるみる内に殺意が萎み、彼女の未来について考えるはめになった。以前の己の思考回路とはまったく違うそれに少し驚いたものの、二度目の現世侵攻の際の愕然とした思いは湧いてこなかった。受け入れ始めているとでもいうのだろうか。本当に彼女は厄介な存在だ。ポケットの中の善意を爪で引っ掻き、内心溜息をつく。
 ―――そんな状態であったからグリムジョーは気づかなかった。この事態の原因である藍染惣右介が、興味深そうに自身を見つめていたということに。
 そのままぼんやりしていると集会は終了した。手出し無用、という結論で。
「意外だな」
 部屋から出るとスタークが話しかけてきた。
「何がだよ」
「アンタが飛び出していかなかったことだよ」
 てっきり藍染サマの命令振り切って出ていくもんだとばかり…と呟く彼にグリムジョーは溜息をつく。そこまで馬鹿じゃねえよと言おうとしたが、錦と出会う以前の己ならやりかねないと思い直した。
「で、どうすんの」
「あ?」
「錦チャンだよ」
「はぁ?」
「このままなわけにもいかないだろ。侵入者、死神みたいだし」
「…所詮は代行だろ」
 確かに黒崎一護は未知だが、彼女の立場をどうこうできる存在ではない。
「いやまァそうなんだけど」
 スタークは息をつくと面倒そうに頭を掻いた。
「思い出すんじゃない?」
「!」
「一緒にいたいなら、それだけは回避しなきゃならねえと思うんだが?」
 当然のように述べるスターク。もしここに他の破面がいれば、間違いなくその発言を鼻で笑うだろう。だが彼はそんな素振りなど微塵も見せず、隣にいたいと思うグリムジョーをおかしくないと肯定するような顔をしていた。それが殊更にグリムジョーを苛立たせる。
「どうしようがてめぇには関係ねえよ」
「…そうかい」
 もう何も言うまいとばかりにスタークは目を伏せると、あくびをして踵を返す。
「アンタがそれ・・で納得するんなら良いんだけどさ」
 全てお見通しらしい。本当に不愉快な奴だ。苛立たしく舌打ちをすれば、そんな怒んなよと溜息混じりに告げられた。
「てめぇには関係ねえ。俺と……錦の問題だ」
「…ま、そうだな」
 スタークは同意だけするとさっさと自宮への帰路についた。
 彼の言いたいことが理解できないほど馬鹿ではない。しかし、これ以外に手がなかった。ポケットの中のそれを握り、グリムジョーも彼女が待っている自宮へと急いだ。
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