05
嵌められたと気づいた時には何もかも手遅れだった。幼い時分の錦では、何もできなかった。詳細は知らされてはいなかったが、芦屋家がいくつかの貴族たちの策に嵌り、横領や議会に圧力をかけていたなどの不当な罪を押しつけられた。無論芦屋家当主は全ての疑惑を否定した。しかし束になって仕掛けてきた彼らを止める手立てはなかったのだ。怒涛の展開。ただ錦は始まった時から良からぬことが起きているということだけは理解できていたため、信頼していた舎人に無理やり暇を出した。他の上級貴族が彼を引き取ってくれたので彼の身は安全だ。
そして、錦たちは檻に入れられた。
暗くて陽の光が届かない場所であった。近くの檻には何人かの使用人、義母がいた。
変化はすぐに起こった。突然檻から出され連れてこられた場所は、四方が真っ黒なところ。上から覗いている者たちは芦屋家を陥れた貴族たち。この時の錦は知る由もなかったが、後に自分たちが収監されていた場所は四方に殺気石が埋め込まれた処刑場であったと知る。
「さあ頑張ってくれ!」
その掛け声と共に虚が入れ込まれ、一振りの斬魄刀が降ってきた。これで戦えということらしい。使用人たちは普段は屋敷内の業務しか行ったことのない、いわば非戦闘員が殆どであった。禍々しい霊圧を放ちながらこちらに詰め寄ってくる虚から錦を護ろうと、使用人たちが立ち塞がるが何もできずに血を噴き出し死んでゆく。
「かあさま!」
一匹の虚が義母に近づき鋭い腕を振り上げた。咄嗟に彼女の元へ走り寄れば、彼女に腕を掴まれ前に突き出された。
瞬間、強烈な熱が顔に走った。斬られたとすぐには認識できなかった。ただただわけが分からず、後から来た痛みに必死に耐えた。
「ここで死ぬのか?」
すると唐突に声が聞こえた。痛みを堪えながら顔を上げる。虚の背後に、仮面をつけた者がいた。
――だれ?
「戦え」
異質な者は平坦な声で続ける。
「戦え」
傍には、浅打。全ての死神が最初に手にする斬魄刀。己の舎人も持っていた、それ。
「戦えッ!!!!」
義母から血が噴き出した瞬間、錦は漸く戦う意思を示した。
*
「遅くなっちゃってごめんね、錦ちゃん」
同じ上級貴族の京楽家の次男坊が来た時には、全てが終わっていた。仔細は覚えていない。だが、周囲に目を向ければそこは血の海と化していた。自分たちを見下ろしていた貴族たちもその血溜まりに伏している。そういえば殺した気がするなと、ぼんやり考えた。
ひどく疲れている。
「もう休んでいいよ、あとはボクがやっておくから」
彼の大きな掌を見た瞬間、意識が落ちた。
次に目を覚ました際に最初に見たのは、柔らかな黄色の天井だった。気絶する直前に見た京楽が、おはようと微笑みかけてきた。
「一応訊くけど、大丈夫?あ、ていうかボクのこと覚えてる?」
彼と直接話した回数は少ないが覚えていないなんてことはない。問題ないことを告げれば、京楽はややあって事の顛末を話しだした。
結論から述べれば芦屋家の無罪は証明された。しかし錯乱状態、情状酌量の余地があるとはいえ、連中と同じように錦も彼らを皆殺しにしたことは事実。これを四十六室は重く見ていた。賢人たちはその刃の矛先が自分たちに向くことを恐れているらしい。一先ず芦屋家のことはさておき、虐殺を起こした錦を処刑するかという乱暴な案すら出た。それに待ったをかけたのが京楽春水、そして朽木白哉だった。
「“死神として尸魂界に慎ましく貢献するのではあれば、罪咎を洗い流す”」
「……罪咎?」
「…、色々言いたいことがあるのは分かるよ。でもね、君を助けるにはこれが限界だった。君は一時的とはいえ斬魄刀解放にも至ってるし、死神になること自体は難しくないと思うよ」
どうかな、とこちらを窺う京楽の隣にあった机の上には林檎と小さな包丁が置かれていた。
錦は京楽の言葉に言葉を返さず、包丁に手を伸ばして自身の喉に突き刺した。
これがある意味で、返答だった。
「清之助くん!治療を…!」
「任せてください。僕は死にたがってる人を無理やり生かすのが趣味ですから」
どこかでそんなの声が聞こえた。