06
三日月の刃が止まっている。グリムジョーとそれの間で、一振りの刀身が刃を受け止めたからだ。芦屋錦の斬魄刀が、ノイトラの攻撃を防いでいた。
「な……っ…てめえ…!」
その場にいる全員が驚きに目を見開いたが、誰よりも驚いていたのはグリムジョーだった。彼の打ち震える吐息を聞きながら錦は痺れる腕に力を込めて、ノイトラの刃を押し返す。
「ハッ!まさかテメーが割って入ってくるとはな!錦!!」
ノイトラは愉快そうに笑うと再び剣を構えた。誰が相手だとしても構わないらしい。攻撃の予感に身を固くすれば、背後でグリムジョーが動いた。強い力で腕を掴まれる。前方のノイトラがつまらなさそうな顔をした。
「……錦っ…何でここにいやがる…!」
「………」
「おい!聞いてんのか!!」
「…グリムジョー」
―――がづんッ!!
振り向いたと同時に、仕掛けた。頭突きを。
想定外の衝撃に満身創痍だった彼は呻きながら地に伏して、痛そうに額を両手で押さえた。
「悪いな、そんな体に。でもちょっと引っ込んでてくれ」
「て…てめえ…………」
蹲る彼を一瞥だけして、先に仕掛ける。ノイトラはニヤニヤ笑いながら応戦した。
「よう!こうして戦ってるってことは、テメー記憶戻ったのか!」
「まあな」
「ハッ!じゃあ遠慮なくテメーを斬れるってこった!」
ノイトラが相当強いことは知っている。だから、油断している今しかない。錦の手の内を知らない今しか攻撃の機会はない。赤煙遁で周囲を目隠しし、手を突き出す。「縛道の四、這縄」階級の低い鬼道を仕掛ける。「血肉の仮面・万象・羽ばたき、ヒトの名を冠す者よ。雷鳴の馬車・糸車の間隙――」詠唱を連ねれば煙の中でノイトラの笑い声が響いた。
「そんなモンで俺と戦おうってか!?」
ナメられたモンだぜ!という言葉と共に這縄が破られる。
「縛道の六十一、六杖光牢」
だが既に詠唱は完了している。新しい光の帯で再び彼を拘束し、追撃。
「破道の七十三、双蓮蒼火墜!!」
ただの蒼火墜とは比較にならない量の炎が周囲を燃やす。しかし、その中でさえ彼の霊圧はいまだ感じられた。錦は驚かなかった。この程度で終わるなど最初から思っていない。
「破道の五十八、闐嵐」
「チッ。小ワザが好きだなオイ」
竜巻を躱しノイトラが迫る。すぐさま刀を構えたが、あまりの衝撃に吹っ飛ばされた。
「軽ィんだよッ!」
体勢を整えすぐさま反撃するが、彼はまさかの腕で刃を受け止めた。服は切れても皮膚は斬れていない。これが鋼皮というやつかと理解する。
「テメーなんかの剣で俺が斬れるわけがねぇ!!」
「ぐっ…」
細い体をしているくせに強い力だ。腕力では敵わず、またもや後退する。背後は壁。避けきれない。なんとか受け切るしかない――次の衝撃に身を固くした途端、ノイトラの背後に黒い影が現れた。
「あァ!?」
黒崎一護。彼もグリムジョーとの戦いで深い傷を負っていた筈だがそれでも立ち向かってきた。
彼の不意打ちで振り返るノイトラの懐にもう一度剣を叩き込む。しかしそれでも彼の鋼皮は硬く、かすり傷をつけることすら困難だ。(バケモノかよ)内心、悪態をつく。
反撃を瞬歩で躱し、一護の隣に移動する。
「錦」
「何だ」
「お前、怪我とか治せるか」
「…回道くらいは心得てる」
「だったらここは俺に預けてくれねえか」
どういう意味だと彼の横顔を一瞥すれば、そこには薄っすらと笑みが浮かんでいた。
「グリムジョーが酷い怪我してるっつーのに、井上の治療を拒んでんだ。それどころかオメーの加勢に行こうとしてよ」
「……」
「だからオメーがあいつの怪我を治してやってくれねえか」
彼の瞳を見る限りどうやら本心で言っているらしい。先程まで命のやり取りをした相手の治療を願うとは。相変わらず甘い男だと考えつつ、口には出さない。
「訊かないんだな。私とあいつについて」
「訊いてほしかったか?」
「……いや」
「別に訊く必要なんかねえだろ」
それは興味がないという意味ではない。ただ、二人を見ていれば分かると暗に伝えていた。
「…任せる」
「ああ」
グリムジョーの傍まで移動すれば「オイ待て錦!!」とノイトラの不満そうな声がつんざく。だがそれに構っている余裕はない。月牙天衝の霊圧を感じながら、錦は意識朦朧としているグリムジョーを支えて瞬歩でその場を去った。
遠くでノイトラと一護の衝突を感じながら怪我の具合を確認する。酷いものだ。これで加勢に来ようとするなど馬鹿のすることである。直情的だなと小さく苦笑して、掌に力を込める。先程一護に回道を心得ていると言ったものの、治療専門の四番隊の実力には及ばない。おそらく錦では応急処置が限界だろう。
「死ぬな」
聞こえていないだろうが言わずにはいられない。気を失っている彼を見るのは初めてだったため、胸に不安が滲む。彼が一時帰ってこなかった時のことを思い出した――シャウロンたちに至ってはいまだ帰ってきてすらいないが。
―――グリムジョーは何も言わないけど、シャウロンたちはもう……。
ウルキオラたちが現世へ行ったというなら、その後護廷十三隊が現世に対し何もしないわけがない。多分シャウロンたちは先遣隊にやられたのだろう。その先遣隊の構成員は想像つかないが、少なくとも自分の顔見知りではなければいいのにと願う。虚と死神は敵同士。しかし今の錦にはグリムジョーやシャウロンたちを己の敵だと言い切ることができなかった。
一体どう折り合いをつければと悩んでいると、肌に突き刺さるような霊圧を感じた。
「……!まさか…更木隊長…?」
それだけではない。朽木白哉、涅マユリ、卯ノ花烈といった面々の霊圧も感じた。一体どうしてだろう。錦を助けに来たわけではないだろう。とすれば理由はただ一つ、黒崎一護だ。何故か彼だけでなく井上織姫もいたし、新戦力たる彼らの援護に来たのかもしれない。
「……うるせえ、…霊圧だ……」
「グリムジョー…!」
更に高まる二人の霊圧に当てられたのか、呻きながらもグリムジョーが目覚める。直後、凄まじい轟音と共にノイトラの霊圧が消えた。
「なんだ……ぐ、ぅ…どうなってる…」
「喋るな」
まだ予断を許さない状況だがそれにしたって凄まじい自己治癒力だ。破面になれば超速再生は消えるらしいが、それでも根は虚だからなのか錦とはまったく違った。
朦朧としていながらも周囲を確認しようとするグリムジョーを気遣っていると、ふと大気の震えを感じた。
「聞こえるかい、侵入者諸君」
「!!」
藍染の声。天挺空羅を使った呼びかけだ。
彼曰く、崩玉の覚醒の為に井上織姫を攫い、また彼女を餌として黒崎一護たちを虚圏へ誘い込みに成功。そして彼らを援護にし来た四人の隊長格を幽閉できた旨を告げた。空座町を使い王鍵を創生するらしい。
「何か知らない間にすごいことになってるな……はは…」
「てめえ…なんでそんな余裕なんだよ」
「いや、余裕ではないけど」
虚夜宮をウルキオラに預けるという報告を最後に、藍染の言葉は終わった。結局彼は錦について一言も触れなかった。まあそうだろうなと、心のどこかで嗤う。
「取り敢えずお前の怪我は治すから」
「……その後は」
「……、」
「その後どうすんだ、てめえ」
彼の真っ青な瞳が錦を射貫く。場違いながら、とても綺麗だと感じた。己の常闇のようなそれとは大違いだ。
「錦」
「お前はうるさい奴だな」
「人のこと言えんのかよ」