08
グリムジョーに背を押された錦は現世に到着するやいなや愕然とした。護廷十三隊の隊長格が、全員虫の息だったからだ。「ああ君か」
白い繭のようなものに包まれた藍染は、黒腔から出てきた死神が錦だと確認すると目尻を和らげた。思わず斬魄刀の柄に手を添える。
「君が一人で来たということは、グリムジョーに開けてもらったというわけか」
「……それが何だ」
「いや、そういうことになるのかと思っただけだ」
奇妙な物言いに顔をしかめれば、これは失礼、と藍染は失念していたとばかりに申し訳なさそうに肩を竦めた。「そもそも協力者たる君に何も話さないというのも筋が通らないね」相も変わらぬ上からの話し方に不快感が生まれたが黙って先を待つ。錦に聞く気があると見た彼は笑みを深くして口を開いた。
「私が何故君を虚圏に連れてきたのか、また何故グリムジョーの傍に置かせたのか、興味があるだろう。私は最初に言ったね、『疑問に思ったことがある』と」
そういえばそうだ。錦の拉致は尸魂界の事情など関係なく、藍染の個人的な疑問の為だった。
「虚の定義とは、何だ」
唐突な質問に瞠目する。虚とは堕ちた魂。死神に助けてもらえなかった存在であり、心を失くしているため、中心に孔が空いている。――死神になる為なら誰もが習う定義である。
理解している錦に藍染は更に質問を投げかける。
「ならば破面はどうだ」
「…え……」
「破面は仮面を剥ぎ、死神の力を手に入れた存在。だが本質的には虚であることに変わりはなく、同じように孔が空いているね。つまり、心がない」
それが何だと睨めつけるが、さして気にも留めぬとばかりに彼は続けた。
「さて、十刃にはそれぞれが司る死の形というものがある。それは彼らの存在理由でもある。今回君の護衛を任せたグリムジョーが司るものは“破壊”」
もう分かるだろう、と彼は笑った。
「私はね、破壊に準ずる獣が自分の存在理由と相反する行いをしたらどうなるのか、興味があった」
「……!!」
「観察対象は君じゃない。グリムジョーのほうだ」
「正直、結果には驚いている」藍染は更に続ける。
「まさか彼が本当に護衛の真似事をして、それどころか君を逃がそうとするとは思わなかったよ」
「……お前が命令したことだろ…」
「彼なら我慢できずに君を殺すと予想していた」
いけしゃあしゃあと言う藍染。錦やグリムジョーのことなど、何一つとして考えていないことが伝わってくる。なんとか怒りを抑え「どうして私だったんだ」と気になっていたことを訊ねた。
「君の過去と立場が丁度良かった」
どういう意味だと首を傾げれば、彼はにやりと厭らしく笑う。悪寒が走った。
「丁度良い感じに悲劇的で、同情を誘えるだろう?」
ぎり、柄を握る手に力が籠もる。怒りは思考を鈍らせる。落ち着けと、念じるが。「それにしても滑稽だったな」挑発か本心か分からぬ声音が錦を揺さぶる。
「あの虚が、心があるかのように振る舞うなんて
瞬間、錦の霊圧が爆発的に膨張する。刹那には刀を引き抜き藍染に斬りかかっていた。簡単にそれを受け止めた彼は淡々と言葉を続ける。
「どうした、何を憤っている」
「――ッ!!」
「ああ、もしかして君も彼に同情しているのか」
やめておいたほうが良い、と静かに述べる。
「彼がそういうものを好まないのは私より君のほうがよく知っているだろう」
「ッ廃炎!!」
至近距離で炎をぶつけるがその程度で彼が怯むとは思えない。更に進撃しようとしたところで背後に気配。瞬時に振り返るが遅かった。
「やはり甘いな」
袈裟掛けに一筋。強烈な斬り込みが入る。(くそっ…)しかしこのままでは終われない。自身を斬り裂いた刃を鷲掴んで固定し、その隙に斬魄刀を突き刺す――が、刺さった場所は腹ではなく彼が咄嗟に突き出した掌。
「!?」
「雷哮砲」
眩い光が周囲を包み込む。光の刃からなんとか飛び出し後退したが、右腕は死覇装も破れ、血塗れだ。
「ハァッ…はぁ…」
「そんなに怒ることはないだろう」
何故そんな感情を持つのか心底理解できないとばかりの声だ。彼は錦がどうしてここまで怒るのか、本気で分かっていないようだ。そしてわざと神経を逆撫するかの如く、言葉を重ねる。
「どうせ暫く経てば彼の
「…………っ…」
「彼がああなっているのは君と過ごした副作用だ。…君だってそうだろう」
自分まで指摘され息を呑む。言ってくれるなと、心の内側で警鐘が鳴った。
「君のその怒りも、所詮は幾分か彼と共にいた故の感傷に過ぎない」
「――!!!」
殺す――その瞬間、錦の頭にはそれしかなかった。
だから気づかなかった。
背後の霊圧に。
「飛竜撃賊震天雷砲ッ!!」
八十番台の破道が突如として背後から錦を通り越して藍染に注がれる。振り返るより先に誰かに抱き込まれてビルの間へと押しやられた。
「ダメッスよ錦サン。感情の思う通りに突っ込めば死にます」
「!? き、喜助……さん?」
百年前の面影が残っている元隠密機動員に瞠目すれば「おや、アタシのこと覚えててくれたんスか。嬉しいッスねえ」と軽口を叩かれた。
「ど、どうして…」
「説明は後です。とにかく貴女は卯ノ花隊長の治療を受けてください。藍染はアタシと黒崎サンで何とかします」
有無を言わさぬ声音だ。余計なことはするなと窘められているようだった。無力感に苛まれ、思わず俯く。浦原は何か言おうとしたのか息を吸ったが、結局無言のままその場を去った。錦はただ、今更痛み始めた傷に耐えるしかなかった。