10

 藍染率いる破面と死神の壮絶な戦いは、死神たちの勝利に終わった。何人かの空座町の住民は命を落とす結果になってしまったものの、空座町自体が消え去ることにはならなかった。戦後の始末の合間を縫い、錦の処遇も中央四十六室によって裁定された。賢人たちは当初錦も藍染に加担しており、尸魂界を脅かす反逆者として罰しようと目論んでいたようだったが、数人の隊長格からの強い嘆願によりそれは見直され、渋々ながらもお咎めなしで片がついた。それから暫くは療養期間という名目で錦は謹慎している。
 当然ながら、あれからグリムジョーとは一度も会っていない。
 空色を思い出しながら、記憶が戻る直前に貰った装甲を指先でもて遊ぶ。見つかれば早急に没収される代物だと分かっていたため、裁判中は隠すのに苦労した。特に十二番隊の連中に見つけられたりすれば即解体されるだろう。
 ――黒腔を開けることができる装甲、か。
 唯一、あちらとこちらを繋ぐもの。一度きりしか使えぬもの。これに霊圧を込め黒腔を開ければ彼に会うことができるが、帰り道はない。それは即ち、死神との決別を意味した。
「錦」
 背後から声がかかり、慌てて装甲を布袋に隠す。
 振り返ればそこには綾瀬川弓親がいた。
「どうしたの」
「最近どうかなって」
 弓親は柳眉を下げてこちらを窺っている。自分は彼にいつもそんな顔ばかりさせているなと思いながら、笑みを取り繕う。
「別に、普通だよ」
「落ち着いた?」
「まあね。明日には復帰する予定」
 嬉しそうに破顔する弓親に本当に心配をかけていたのだと改めて自覚する。「なんか…今までごめん。私、態度悪かったね」詫びには今回の騒動のことだけでなく、今までの屈折した心持ちのことも含んでいた。
 弓親は錦の詫びに苦笑を漏らした。
「全然気にしてないよ。それより、錦なんだか口調が柔らかくなったね」
「……そうかな」
「そうだよ」
 たくさんのことがあった。一時は死神が嫌いだった気持ちが膨らんだが、それでも、仲の良い仲間はいる。例えば目の前の彼。剃髪の彼。同期の赤髪の彼。上官たち。どんな過去があったとしても自分は死神なのだと、自覚した。そして空色の彼は死神ではない。
 とはいえ、敵対していた筈の二人の間には心が生まれていた。それだけは確かなものだった。
「ところでさ…」
 おもむろに弓親は言葉を紡ぐ。
「…その……今度…宴会があるんだけど、錦来ない?」
「……!」
「松本さんや日番谷隊長、君の同期も参加するらしいよ。…まあ日番谷隊長は松本さんが勝手に参加って言ってるだけなんだけど…」
 あ、勿論僕と一角も参加するよ。と慌てて述べる弓親。一人で参加しろと言っているわけではない、自分たちもいるから安心しろと暗に言っていた。
 錦はこれまで同期の飲み会に参加したことがなかった。隊の宴会でさえ、いつも隅に座って終了時間が来るのをじっと待っていた。そのくらい付き合いが悪かった。それは単に死神と関わりたくないからであり、自らが死神であることは仕事の一環で本当の自分は何者でもないと割り切っていたからだ。
 だが、屈折したままではいけない。
「やっぱり駄目かな」
 彼の落ち込んだ声にかぶりを振る。
「行くよ」
「!」
「…行ってみるよ」
「う、うん!ありがとう!」
 本気で嬉しそうな顔をする弓親に安堵する。本当は少し怖い。だけど、彼の態度を見るとこの気持ちの変化は良い方向に向かっている合図であることが分かる。
 いつまでも過去を見続けるのは、怠慢と同じだ。
 装甲が入っている布袋の表面を撫でる。これを渡してくれた彼とはもう二度と会えないだろう。だけど、これさえあれば力が湧いてくる。どんな困難でも立ち向かえる。勇気が持てると、確信できた。
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