EXTRA

 ――その時、奴の眩しい髪を見ていた。私はいつも奴の髪が気になっていた。髪型や色が変だからとか、そういう理由ではない。奴の髪色は空を思わせる鮮やかさがあり、とても好きだ。では何故ずっと奴の頭部を眺めているのか。
 ――単純な話。奴の襟足に触りたかった。

「うるせえな」

 ――私の視線に気づいたらしい奴が、迷惑そうに目を細めてこちらを見た。

「何も言っていないぞ」
「視線がうるせえんだよ。一体何だ」
「その髪」
「あ?」
「襟足、長いな」

 ――急に何だとばかりに、奴は片眉を上げた。失礼な奴だ。思ったことを口にしただけなのに。
 ――奴は特に何も言うことなく私の後頭部に目をやった。私と奴では比べてもあまり意味がない。

「触りたい」
「はァ?ンなモン触ってどうすんだよ」
「別に良いだろう?減るもんじゃないし」
「それは俺が決めることだろ…」

 ――それで。
 ――次にあいつは、何て言ったんだっけ?


「錦」
 柔らかな低い声に目が覚めた。まず初めに象牙色の天井が見えた。そして、黒髪が視界の端に入る。
「びゃ……朽木隊長」
「今は私と兄しかいない」
 だから楽にしろと続ける白哉。とは言ってもやはり彼は隊長なのだから、このまま横になっているわけにもいかない。体を起こせば骨が軋んだ。痛みを感じる。どういう経緯で負った傷なのだろうと思い出そうとする。
 ――ああそうだ、滅却師が攻めてきたんだ。
 ――じゃああの色は…夢。
 藍染との決着がつき一年以上が経過した頃、二百年前に殲滅された筈の滅却師が死神たちを攻めてきた。一時は全滅寸前まで追い込まれた死神側であったが、霊王宮にて再度滅却師と交戦。その際錦は白哉たちとジェラルド・ヴァルキリーの相手をしてあの巨体に吹っ飛ばされ……そこから先の記憶がない。おそらくそこで負傷し、今に至るのだろう。
「我らの勝利に終わった」
 白哉は極めて端的に述べた。軍配はこちらに上がったとはいえ、犠牲は多かった。彼は真面目なので何かしら思うところがあるのだろう。錦でさえ、山本元柳斎重國が戦死した報に衝撃が走ったのだから。
「私のことは白哉が助けてくれたんだ。ありがとう」
 絶体絶命のあの状況下でまともに動けたのは白哉と日番谷、更木だけだった。更木が錦を助けるわけがないので論外。日番谷と白哉のどちらかなら、親交が深い白哉のほうが自分を助けたと錦は判断した。
 白哉は錦から礼を受けるとそっと視線を彷徨わせた。
「…気にするな」
 白哉の言葉に苦く笑い、窓の外に目をやる。終戦直後なだけあって、美しい景色とは言い難かった。倒壊した隊舎、崩れた壁、穴のある道、忙しい死神たちの足音。復興には長い時間が必要だろう。
 霊王宮で戦っている最中、彼の霊圧を感じた気がしたのだがおそらく気の所為だ。そんなことがあるわけがない。どうして破面が霊王宮にいるのか。そもそも理由がない。彼が、こちら側に手を貸す理由が。相変わらず己は過去をなぞるのが好きらしい。馬鹿な幻想を抱くのはよせと叱咤する。
「……錦、済まぬ」
 突然聞こえた謝罪に視線を彼に戻す。
「嘘をついた」
「え?」
「気絶したお前を救出したのは私ではない。口止めされていたのだが…今のお前の顔を見たら黙っていることができなかった」
「そう…別に、気にしなくていい。口止めされていたなら仕方ないし……」
 しかし口止めなど一体誰が?心当たりのある人物は思い浮かばない。
 不思議そうな顔をしていると、白哉は表情を変えずに答えた。
「蒼い髪の破面」
 ほんの一瞬、呼吸が途絶えた。
「流れるような速さでお前を拾い上げると、奴は安全な場所にお前を置いて去って行った」
 動揺するこちらに質問の余地など失くすように、白哉は淡々と事実を述べていった。敢えてそうしていることに錦は気づいていた。
「奴とは……いや、何も言わなくていい。ただ奴は…錦、お前の味方。そうなのだろう」
 答えを求めぬ発言に小さな笑みで応えた。
「そうだったんだ…」
「ああ」
 わざわざ口止めをするとは、彼らしい。
「元気そうで良かった」
 直接彼の姿を見たわけではない。しかし錦は彼が健勝であると認識していた。何故かは分からない。だが、どうしてかそう思えた。
 窓の外に目を移せば彼と同じ色の空が浮かんでいる。錦は彼との何気ない会話の一端を思い返すことができなかったものの、その柔らかな髪に触れられたことだけは、追憶することができた。
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