03
「で、二週間経過したけど…」小鳥の鳴き声さえずる長閑な現世。いつもと違う洋風な景色は、錦に少なからず新鮮さを与えた。
現代においてここ空座町は、全域が重霊地となっているため霊的現象が多発する。虚の出現率も高いが錦にとってそれは些末なことであった。というのも霊術院時代から錦は何かと虚に襲われやすい性質を持っており、疑似訓練で現世に降り立った時も錦だけ本物の虚と戦った。つまり人一倍虚に慣れているのである。
「今日もテキトーに回るか」
虚の匂いを僅かに嗅ぎ取り、錦はそこへゆったりとした歩調で向かう。急ぐなど冗談じゃない。
「なんだァ?急がねえのかよ」
唐突な、声。
虚にしては濁っておらず、死神にしては清くない霊圧が、背後にあった。反射的に抜刀し、構える。
衝撃はすぐに来た。受け流して後退する。向こうの武器も刀。しかし、その頬には仮面が着いていた。「上々な反応だ」嬉しそうに呟く男。空色の髪に、ひどく目がいった。
「……急ぐの嫌いなんだ」
「あ?…ああ、さっきの科白か。確かにお前怠そうな雰囲気出してるな」
「エ、そんなに分かる?」
「おう」
「そうかぁ」
“参ったな”
刹那、錦は男の背後に回り込み、刀を振り下ろした。肉を斬り裂く感触が手に伝わる。しかしそれは僅かなものだった。いつもより手応えが薄い。「あれっ」意外だった。(…どんな奴も大抵この速さで行けば殺れるんだが)先程からの違和感が、錦の胸に直接刺さる。
「何者なんだ、お前」
「…………そりゃこっちの科白だぜ死神」
男も男で驚いたような顔をしている。二人とも似たような表情だから、第三者から見ればさぞかしおかしな光景だろう。
「お前ただの雑魚死神じゃねえな」
「お前もただの雑魚虚じゃないな」
瞬間、剣戟の嵐。
右に一振り、縦に一閃、退いて突き。蹴りに手刀に打撃。様々な攻撃を加えてみても、男が倒れる様子はなかった。ここまで対等以上の戦いができる敵に遭遇したのは初めてであった。錦は言いようのない高揚を感じた。まるで更木隊長みたいだと内心笑う。
「ハッ良いじゃねえか死神!それでこそ殺し甲斐がある!!」
「…そりゃどーも」
男は楽しそうに笑う。(こいつ、本当に何なんだ)先程から戦いながら霊圧を探ってみてはいたものの、男の正体がどうも掴みきれない。土台は虚なのだろうが、その上に死神にも似た力を感じる。こんな敵と遭遇したのは初めてだ。この男は本当に何者なんだ?
すると錦の疑問を感じ取ったのか、男はふと間合いを取った。
「第六十刃、グリムジョー・ジャガージャックだ。よろしくな死神」
それが名なのだろう。(ぐ……えと、何だっけ?)残念なことに錦は一度で覚えきれなかった。しかしここで聞き返す勇気もなく、錦は仕方なく名乗ることにした。
「八番隊所属、芦屋錦。別によろしくはしない」
「…てめぇほどの奴が平なら、隊長格は相当強いんだな」
「……………いや、どうだろうな」
別に反骨精神があるわけではないが、組織というものはどこかしら腐敗しているものである。実力以上の地位を獲得している者も少なくなく、錦よりも弱い上位席官ですら山ほどいる。背後を狙ったらどうなるだろうと何度邪な考えが過ぎったことか。それは過信などではなく、ただ目の前の情報と自分の実力を測った故の答えだ。
「上に行けば責任ばっか重いしやってらんないって思う死神って結構いるんじゃない?」
「お前みたいな、か」
「さあな」
何にせよ、ここで彼を殺す。いや、拘束したほうが良いだろう。彼が藍染と関係があるかもしれないし、何の情報も得ずに殺すのは得策ではない。
ならば鬼道を使ったほうが殺さずに捕縛しやすい。「縛道の――」詠唱しようとした次の瞬間。
ドンっ、と。胸に、大きな衝撃が走った。「か、はっ…」辛うじて背後に目を向ければ、黒外套が刀で錦の背を刺していた。