―――月光。

 誰も居ない夜。
 月下、真っ赤な地面。
 人。抉られた腕。
「ぐ、ぅ……」
 年老いた女が、地面に伏せっている。まだ息はあった。
「フッフッフッ」
 奇妙な笑い声が空気を震わせる。そしてそれは老婆の身体をも芯から震わせた。
 老婆の傍に無造作に落ちていた布は鮮やかに作られた色の上から、無惨にも血色が被さっていた。老婆の命が、布に吸われてゆく。
「本当なんだな?」
「う、うるさいね…」
 息も絶え絶えに言う老婆は、どこか後悔の色を持っていた。しかし男はそんな彼女を意にも介さず、彼女の背中を踏みつける。
「フフ、フフフ!!」
「気味の悪い男だ……そんなにも、あの娘が欲しいか…」
「お前には関係無いよ」
 突き放すように男は言うと、老婆の荷物を漁る。「おもしれえモンが結構あるな」ニヤリと笑って、男は急に歩き出す。
「ど、どこに…」
「アンタの店だ。あそこにはおもしれえモンがいっぱいありそうだからなあ。フフフ!」
 行かせるか―――老婆は必死に手を伸ばす。しかしもう力が出ない。何もできずに、腕は地面に落ちてしまった。

「フフフ……」
 予想した通り、店には面白い物がたくさんあった。見たこともない薬品や物品。
「こりゃあ…麻酔か」
 小瓶を軽く揺らすと、緑色の液体が月光と反射してキラリと光った。老婆の書いた説明書によるとこれは特定の人物にしか効かないらしい。ご丁寧にも他の物全部にも説明書が添えられていた。「……?」店を漁っていると、不意にそれまでの物とは違う物が出てきた。それは黒い着物と白衣だった。売り物かと思ったが違うらしい。ところどころ汚れているし、なにより店の雰囲気とはまったく違う。着物の襟をめくってみると薊の花が刺繍されていた。
 物珍しいが役には立たなさそうだ。男は着物を放り投げた。欲しい物だけ手に入れ、店を後にする。
 薊の花の着物だけが、そこに取り残された。