――甘い匂いを乗せた風が頬を撫ぜる。

 ゆっくりと目蓋を開けると、明るい光が目を刺した。数回瞬きをして慣らしてからマオは辺りを見渡す。どうやら自分は小綺麗な白い部屋に、一人ぽつんと居るらしい。手は後ろで拘束されていて尚且つ殺気石が腕に嵌め込まれていた。
 ここがどこかはさておき、どうやって脱出しようか。マオの愛刀は手許に無く、文字通り無防備な状態だ。とにかくこの部屋を探索しようと決めたその時、扉の外に気配を感じた。
「お、目ェ覚めたのか」
 入ってきたのはド派手な男だった。かなりの大男なのでマオは首が痛くなった。その男はニヤニヤと口許を歪ませてこちらに近づいて来る。
「フフフ!グリム・リーパーだな?」
「グリ?」
「……死神、なんだろ?」
 確信を持って訊ねる彼にマオは口の端を歪ませる。
「ここどこ?」
「海軍本拠だ。この部屋はゲストルームで、俺が進言してお前をここに置いてる」
 お前を殺さずに攫えって命令したのも俺だぜ、と男は続ける。ヒューマンショップの奴は役立たずだったなとも言った。
「つまり、お前は俺のモンになったってことだ」
「……」
「欲しいモンを無理矢理奪うのは若い頃で終わりだと思ってたんだがなぁ…死神(おまえ)が現れた所為でまた欲が出てきちまった」
 感慨深く述べる彼から視線を外し、マオはザッと部屋を流し目で確認する。部屋はひどく大きく、自分はベッドの上に寝かせられていて、中央には硝子製のテーブルと柔らかそうなソファが置かれてある。部屋の端には三面鏡やタンスがあった。
「お前の刀は俺が預かってる」
「返してヨ」
「気が向いたらな」
「……やつがれ、行かなきゃいけない」
 ペンギンの信じる声、シャチの震える体、ローの苦渋の決断……全てが蘇ってくる。必ず帰ってこいと言ってくれた、信じてくれた、その想いを裏切るわけにはいかない。
「まあずっとここに居ても暇だろうしな…殺気石を嵌めたままなら、この部屋から出ても良いぜ」
 彼の言葉に頷く。取り敢えず従順になっておくしかない。目の前の彼は強そうな気を発しているし、今自分は能力が使えない状況だ。
「俺はドフラミンゴ。よろしくな、マオ」
「……」
「フフフ!ローのこと、色々教えてやるぜ?」
「…知ってンだ?」
「おうよ。なんつったってあいつァ、俺の元部下だからな」
 ドフラミンゴの言葉にマオは初めて彼と目を合わせる。ギラリと鈍く輝くサングラスの奥にある瞳が、鋭くもマオを射抜く。それは剥き出しの刃のようであった。
「俺ァ、お前を死神としてだけでなく、あいつが気を許した相手という意味でも興味がある」
「…」
「俺は奴の過去をいくつか話してやる。だからお前は出会ってからのローの話を俺に話せ」
 こいつ、何を考えている?―――それが正直な感想だった。ローの情報が欲しいのか、それとも単に興味があるだけなのか推し量れない。
 何も答えずにいたがドフラミンゴは然して気にする素振りを見せず「また来る」と残して部屋を出て行ってしまった。マオはドアを睨みつけたまま手を動かす。が、やはり拘束具が解ける気配は無かった。