瞳の一片まで喰い尽くして

 ベッドに肘をついて上体を起こしている名前が身を捩る。暗に止めろと言われているようで、狗巻の機嫌はますます下がる。うなじに強く噛みつけばか細い声が鼓膜を擽った。雑にブラジャーを押し退けて胸の飾りを摘んでうなじを食み舐め上げると名前はますます萎縮した。追い込むように興奮している己の下部を細い腰に押しつける。彼女は息を呑んだ。
「とげっ…いま、昼間…」
 そんなの分かってやっている。今更何を言ってるんだと内心で答えて乱暴に服をたくしあげれば日の光に映える白い背中が覗いた。そこに吸いついてできた真っ赤な痕に、この子は俺のものだという自負が生まれる。同時に忌々しい存在が頭にちらついた。
 出資者らしい――長身の痩躯に綺麗な顔立ちをしたその男は、いつもパリッとしたスーツを着て高専にやって来ていた。高専に莫大な出資をしてもう五年になるらしいその男が来る度、教師たちはいつも学生に粗相のないようにと言いつけていた。それはまあ良い。当然の言葉だと思った。
 でも"これ"は、違うだろう。
 その時狗巻は自分の教室の窓から向かいの教室の中を覗いていた。そして男が自分たちの目の前に最初に現れてから感じていた予感に、直面してしまった。
 何か頼まれたらしい名前が男と一緒に紙の束に目を向けていた。名前は下を向く作業の為か珍しく髪を高い位置でまとめていた。そこの、下。うなじ。彼女のうなじを男は見た。そしてツイ、と人差し指で撫で上げたのだ。驚いた名前が慌てて振り返ったが男はていの良い言い訳でも用意していたのか当然の微笑を浮かべてつらつらと何かを話した。
 腸が煮えくり返るほどの怒りが湧き出た。ガタンと音を立てて立ち上がれば、驚いた真希とパンダがこちらを一瞥した。狗巻のこれ以上ない憤りを察したのか二人は教室を出ていく狗巻に話しかけてはこなかった。彼らは本当に賢明な判断をしたと思う。あの時の狗巻には彼らに気を遣う余裕などなかったのだから。
 ―――狗巻は男がここへ来て名前を見る度、想像していたことに気づいてしまったのだ。たまの肌も、剥き出しの肩の白さも、薄い腹も、ももの柔らかさも、胸の膨らみも、とろけた女の顔も。全部全部、唯一狗巻だけが触れることを許されているそれらを、無遠慮に想像して、悪戯を仕掛けたのだ。
 気づけば乱暴に教室のドアを開けて名前を連れ出し、自室に引きずり込んでいた。名前は狗巻の突然の行動に抵抗も間々ならぬ状態でこうしてなまじ暴漢に遭ったような扱いを受けた。彼女の何で、どうしたのという言葉は届かなかった。
 仰向けにさせて胸を揉みしごく。膨らみの内側を吸って蕾を捏ねればビクビクと体が震えた。痕ができたことを確認し、今度は敏感に起きた蕾を口に含んで舌先で転がす。横腹を撫でて強く吸い上げたら背中が反る。「っひ、ぃ……」案の定我慢できず声が漏れる。これが好きなことを知っていた。刺激に切なくなるとこうして両膝を擦り合わせることも知っていた。堪え性がないことも知っていた。
「とげえ……なにおこってんの」
 うるさい。
「ねえって……ひゃっ…、あっ」
 なにより腹立たしいのは名前が男を好意的に捉えていたことだった。確かに一見すれば男は品が良くて親しみやすい人間だ。人見知りをしなくてお喋りな名前からすれば談話はさぞ楽しかっただろう。狗巻よりも歳上で、顔が綺麗で、背も高くて、金もあり、言葉を沢山知っていて、駆け引きの上手い大人で、なにより、彼女の名前を呼べるのだから。今の狗巻のように嫉妬をこんな風に解消したりもしないだろう。
 名前をいっぱい知ってるのは俺なのに――。
 至るところに歯型や吸痕をつけていき、ショートパンツのベルトに手をかけてショーツごと下ろす。露わになった陰核に触れたら腰が引いた。ごくごく普通の反応なのにそれが今は苛立ちの種になる。思わず恥肉も挟んでグリグリと強めに捏ね上げれば最早悲鳴に近い矯声が出た。
「ひゃぁあっ、あっ、待って…ってばっ」
「……………」
「んっ、ん…ンぅ、……っく」
 昼間であることを思い出したのか口を塞ぐ名前。何でそんなことをするんだと、神経を逆撫でされる。普段より荒く、それも真っ昼間に致しているからというだけで別に狗巻のことが嫌いだからというわけではないと分かっていながらも心は荒む。
 だから、絶対にやるまいと誓っていたことまでしてしまった。
「"声を出せ"」
「ッ!!―――ゃあ゛ぁあっ!」
 膣口に指を入れてザラザラした部分を撫でる。次いで抜き差しすればとろりとした蜜液が溢れる。同時に陰核も擦ったり摘んだりすれば体ががくがくと跳ね出した。すると秘部を虐めるのを止めさせるように、名前の手が狗巻の手首を掴む。
「"抵抗するな"」
「あっ、〜〜〜ッああっ、ぁァあ!やっ、りゃあっ」
「"もっと鳴け"」
「はぅっ、ぅん!とげえっ…ッ―――〜〜ッ!!」
 白い脚が震える。最後は音にもならぬまま喘いで達した。所有痕だらけで乱れる名前を見て一度は大きな満足感を抱いたが、ふと冷静になる。
 自分は一体何をしているんだ、と。
 あまりの暴挙にショックで呆然とする。自分は幼稚な感情で同意していない彼女を暴き、やってはいけない筈の言葉で縛り、あまつさえ無理やり頂点まで押し上げたのだ。どんなことになっても言葉だけは使わないと決めていたのに。自分でも気づかなかった激しい情動を知り悔恨に揺れる。すると、とげ…と蚊の鳴くような声で名前が呼んだ。怖くて目を合わせられない。
「………きすは」
 は?
 唐突な単語に視線が上がる。涙で滲む瞳は真っ直ぐ狗巻を見ている。
「まだしてない……キス…」
「………っ…」
「んー…………」
 泣きたくなった。こんなにも手酷くしたのに何でそんなことを言う。怒られるような、軽蔑されるようなことをしたのに。それなのに名前は狗巻に平手打ちを仕掛けるわけでもなく、ただ口づけを所望した。
 できるだけ、最大限の優しさを込めて、そっと唇を合わせる。彼女の腕が首に巻きつく。そのまま互いに口を開け、舌を擦り合わせた。名前はこの感触が好きなのだ。勿論狗巻も、好きだ。
 ちうちうと軽く吸ってから離れれば名前は訊いた。
「いれないの?」
 どの口で挿れさせて下さいと言えるのか。己への罰の意味を込めて駄目だと首を振れば名前は不満そうにした。
「いれてほしい…」
 この子は何で――。
 ぐっと唇を噛んでからゴムを用意する。彼女の額にかかった髪を払えばそこに汗の珠ができていた。ぺろりと舐めて、ゆっくり挿入する。んん、とお互い小さく唸った。中はやはり気持ちが良くて、とろける。全てを挿入し終え、名前の頬を撫でてもう一度唇を落とした。舌を絡め、吸い、食み、とろとろの唾液を交換する。熱くてどうにかなってしまいそうだ。
 くちゅ、と待ちきれない粘着質な音が聞こえたのでそろそろ腰をゆるりと動かす。名前の頬は紅潮している。手を繋いでシーツに縫いつければぎゅっと握り返してくれた。ちゅぷ、ちゅぷ。名前も腰を振っていた。
「あっ、ぁ、…あ――」
「っは、」
 二度目の際は口づけた。余程気持ち良かったのか暫く腰が小刻みに震えていた。その振動は狗巻の劣情を煽る。感じ取ったのか、名前が腰を擦りつけた。「…まだしたい?」これ以上は許されない。否定を唱えて自身を彼女から抜く。にちゅ、と情後の音が耳につく。
「…何で急にしたの?」
「………ッ」
「あ、もしかしてあの人と一緒にいたから?」
 勘が鋭い。押し黙れば名前はそっかあと何とも言えない声音で呟いた。不甲斐なくて名前の肩口に顔を埋める。
「棘も嫉妬するんだなぁ…」
「…っしゃけ!」
「ごめん、今度から気をつける。あれ見てたんだね」
 名前も突然うなじを触られてびっくりしたよね、怖かったよね、ごめんね――種類の少ない固有名詞で伝わるように意味を込めて呟く。ちゅ、ちゅ、と首についた痕に口づけを落としていけば名前は背中に腕を回した。距離を潰したくて狗巻も応える。
 今ここに、己の腕の中に、名前は確かにいた。
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双六