そろそろご休憩なさったらどうですか

 名前がソファで眠っていた。本当に珍しいことである。折角松田が遊びに来たが、起こしてしまうのは忍びない。そのままにしておくことにした。
「つーか一つしかないソファで寝るのか、こいつ」
「ははは。まあ良いじゃん」
 おかげで二人が座る場所はないのだが仕方ない。ダイニングからイスを持ってきて座る。中々見ることができない名前の寝顔を、二人でぼんやり眺める。警察官二人が無言で女の子の寝顔を見続けるなんて、傍から見れば気持ち悪いの一言以外ないだろう。
「こいつ何でこんなところで寝てるんだよ」
「疲れてたんじゃないのか?」
「…お前が疲れてるなら分かるけど」
 普段から彼女の行動に振り回されている諸伏ならいざ知らず、振り回す側の名前が疲れているとはこれいかに。
 松田の心情を汲み取ったのか諸伏は笑った。
「あんな感じだけど、名前はすごく色々なことを考えてると思うよ」
「そうかぁ?」
 不服そうな声を気にすることなく、諸伏は彼女の頭を撫でた。起こさないように、最善の注意を払ったその仕草は優しさが感じられた。仕草だけでない。彼女を見つめる瞳も、慈しみが見え隠れしていた。
「名前はいっつも一人で考えて一人で結論出しちゃうから、俺心配なんだよ…」
「……――…」
「ちょっとは頼ってくれてもいいのになぁ」
 そう述べる彼の横顔は憂いていた。
 諸伏の指に絡む髪が重力に従ってはらりと名前の額に舞う。ひくり、薄い目蓋が僅かに震えた。おやと松田は訝しんだが諸伏は「あ、俺何にも出してなかった。コーヒーで良い?」とキッチンへ足を向けた。
 リビングに取り残される松田と名前。暫しの、沈黙。
「……おい名前」
「……」
「起きてんだろ、お前」
 返事はない。寝ているふりを貫くつもりだろうか。まじまじと彼女を見てみれば、耳の先が少し赤くなっていた。
「は?お前もしかして照れ――がはっ!?」
 酷い衝撃が腹を襲った。鈍い痛みを我慢してソファで寝そべっている名前に目を向ければ彼女は体勢を変えて松田に背を向けていた。
 どいつもこいつも面と向かって言いたいことも言えないらしい。思わず苦笑すれば小さな舌打ちが聞こえた。
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双六