一方通行はねやすめ
一級案件の任務に派遣された名前と狗巻は無事任務を終えようとしていた。「棘〜そっちももう終わり〜?」ぐぅと腹が鳴った。
「ねえ、今日ご飯何食べる?」
そう訊ねながら振り返ったその時、半身に熱を感じた。狗巻が瞠目してこちらに手を伸ばしている。咄嗟に視線だけ足元の呪霊に戻したが、体は動かなかった。
自爆―――。
呪霊が爆発するなど聞いたことがない。理解した時には何もかも遅かった。
直後、けたたましい爆音と熱風に感覚器官の全てが奪われた。耳鳴りが酷い。体にも少し痛みが走る。どうやら吹っ飛ばされたらしい。ゆっくり目蓋を開けば上がりかけの帳と誰かの服が視界に入った。そして、体が重い。
「…とげ……?」
狗巻が覆い被さっていた。自分の頭は爆風から庇うように彼の腕に抱かれている。今がどういう状況なのか、漸く理解する。
「とげ…棘!ちょっと……!!」
想定外の事態に頭が真っ白になる。揺さぶってみても狗巻から反応はない。どうすれば良いのか分からず名前は無我夢中で端末を操作した。
鈍い痛みで目が覚めた。先程まで何があったのだろうと、狗巻は鈍い頭で考える。任務の終了間際、名前の足元に転がっている虫の息の呪霊が自爆したことを思い出す。自分はほぼ反射で庇ったのだ。通りで体が痛いし動かないわけである。
お互い珍しくしくじったなと溜息を一つついて――隣に名前が寝ている事実に驚いた。体が動かないのは彼女が狗巻を抱き締めていた所為だったのである。
――あ。
――泣いてたのか。
名前の目尻に涙の粒がある。頬にも、乾いた痕があった。おそらく狗巻が目覚めないから不安で泣きじゃくったのだろう。涙の痕をなぞりたかったが名前の腕に拘束されていたため叶わなかった。
――かわいい。
自分の所為で泣かせていたも同義だというのに、狗巻は同じ布団に入り泣き疲れて眠るまで至った名前がいじらしくて可愛くて仕方がなかった。
なぞることはできなかったので顔を近づけて舌で痕を舐めた。少ししょっぱかった。それから桃色の唇に接吻する。更にそこを舐め、喰む。ぴちゃりと夜の音がした。起きる気配はなかった。「っ……」身動ぎしたから体に痛みが走る。しかしそれでも構わなかった。これが名前を護った証だと思えば、全然なんてことなかったのである。
額と額を合わせてぐりぐりすれば流石に刺激されたのか、「う〜ん…」と名前が唸った。そこで名前の皺が寄っていた眉根が少しばかり改善される。なんだが面白くて笑ってしまった。
布団の中は温かい。二人の体温で溶けてしまいそうだ。狗巻の目蓋も段々と下がってくる。まだ起きる気配のない名前との距離を詰める。いくら詰めてもゼロになれないのが残念だ。真夜中ならまた違ったのだが。
服がはだけて無防備に覗いている白い首筋に顔を埋め、ちぅと吸う。起床してこれを見た名前は何を思うだろうかと想像しながら、狗巻はおもむろに目を閉じた。
いい匂いを嗅いで、目が覚めた。目の前には狗巻の寝顔。そうか、まだ起きていないのかと若干がっかりする。しっかり彼を抱き締めて眠っていたため腕が痛い。布団から出るのは惜しいが名前は一旦温もりを手放した。
「結構寝たかも……」
彼の白い頭をぐしゃりと撫でて部屋を出る。狗巻が高専に運ばれ暫く経つ。そろそろ家入に二回目の診察をしてもらいたかったのだ。
「硝子ちゃ……何だ、センセか」
「何だと酷いな〜二人が怪我してるって聞いて慌てで駆けつけたのに〜」
そう述べるのは生徒から尊敬されていない五条悟。「何で保健室いるの?」「棘の看病してあげようと思って」「絶対やめて」余計なお世話すぎる。
「あ…?ちょっと名前」
「なに〜?」
「棘起きてるならそう言ってよ」
「え?」
どういう意味だと訝しめば五条はトントンと首筋を人差し指で叩いた。どういう意味なのか分からかったので取り敢えず鏡でそこを確認する。
「え!?」
「先生心配してたのにその必要ぜーんぜんなかったな〜」
見に覚えのない真っ赤な痕が、そこにあった。かなり鮮やかであることからごく最近つけられたのだろう。だがこんなもの全然記憶にない。
――え、もしかして棘、起きてた?
その考えに至った瞬間名前は保健室を飛び出した。
「どこ行くの名前ー!」
「痕つけ返しに行く!!」
「おおっいってらっしゃーい!」
何故か楽しそうな声を上げる五条に蹴りの一つでもくれてやりたいがそんな場合じゃない。一刻も早く、棘の元に向かいたかった。
双六