どこにだって笑顔はある

 他校の人間が敷地内に入って良いのだろうか。そんな至極当然な疑問など初めからないかのように、宮ツインズは名前を引きずって稲荷崎高校の体育館に向かう。ちなみに道中で他のメンバーには連絡済みらしい。用意周到だ。
「いや〜名前ちゃんとバレーすんの久しぶりやから燃えるわー」
「…侑くん容赦なさそうじゃ」
「そんなことないで?俺名前ちゃんには優しいやん。あ、サムお前は別やから」
「分かっとう」
 そんなことを言い合っている間に連絡した面子が集まってきた。現れたのは尾白アラン、角名倫太郎、そして北信介であった。他のメンバーは連絡がつかなかったり都合が合わなかったようだ。がしかし、名前を入れて三対三ができるのでむしろ丁度良い集まり具合だ。
「あ、名前ちゃんだ。本当にいる」
 名前に真っ先に近づいてきたのは角名であった。
「すごい久しぶりだね」
「す、角名くん……ひさ、お久しぶりデス」
「めっちゃどもってる。ウケる」
 角名とは宮ツインズを通して何度か話したことがあったが、今日は久しぶりということもあって緊張してしまう。やはりコミュ障はそう簡単に治らない。「なんや角名お前、苗字さんと知り合いちゃうんか?」今回が初対面の尾白が、意外そうな顔で名前と角名を見比べている。
「名前ちゃん恥ずかしがり屋なんだよ。ね?」
「はいっいいえっ」
「いやどっちやねん!」
「ッヒ」
「アランが名前ちゃん苛めとうでツム」
「年下の女の子苛めるとかホンマ最低やんなぁサム」
「え!?あ、いやホンマごめんな苗字さん。怖がらせるつもりはなかったんやで?」
 その気持ちはよく伝わってくるのでコクコクと頷けば尾白はホッと顔を綻ばせた。
 するとその、背後。妙な圧を背負っている男が一人。
 北信介。
「久しぶりやな、名前ちゃん」
「!!!!!!!!!!!!!!」
 苦手ではない。むしろ全てにおいて几帳面なところは尊敬するし、ものを丁寧に扱うところも素敵だと思っている。全国クラスの部活で主将を務めるだけの器量もある。しかし、どうにも彼を前にすると緊張しすぎて何も喋れなくなってしまうのだ。だが彼はそんな愚図な名前を馬鹿にしたりはしない。ただ柔らかな笑みを浮かべて見つめるだけなのだ(それはそれで何を考えているか分からず緊張を煽ったりもするのだが)。
「またこいつらが無理言うて付き合わされたんやろ?ごめんな?」
「キャプテンそれ俺らに失礼やで」
 軽口も程々に三対三のミニゲームを始める。名前はリベロなのでネットは男子の高さだ。名前のチームには宮治と角名が入った。
 流石全国クラスだ。トスもスパイクもレシーブも、何もかもフォームが美しい。思わず見入っていれば角名に見てる場合じゃないよと窘められてしまった。慌てて集中して宮侑のスパイクを拾えば(然程威力が強くなかった)侑は「取られてしもたわー」と言ってデレデレと笑った。
「侑くんキモい」
「侑クンキモいねんて」
「侑クンキモーい」
「サムと角名あとで顔面サーブしたるわ!!」
 それからは一進一退の勝負が続いた。ところがある場面にて、名前の動きが完全に停止した。
 侑たちのチャンスボール。ボールは大きく宙を舞い、北のところへと落ちてゆく。まるでそこが元々の定位置だったかのように構えた北の腕のところに、ボールが接触する。柔らかく上下する腰、腕、からだ。
 繊細ささえ窺える、美しすぎるフォームだった。完全に、見惚れていた。
「名前ちゃん見学のほうが良かったんじゃない?」
 角名の苦笑の発言に、否定はできなかった。
 結局ミニゲームは侑側に軍配が上がった。角名はまあ楽しかったし良いじゃんと名前と一緒にニコニコしていたが、侑が治を煽った所為で面倒な諍いが勃発した。面倒なので壁に背を預けてそれをぼんやりと眺める。
「苗字さん、親戚の集まりン時はいっつもあれに巻き込まれるんか。折角の集まりやのに大変やなあ」
「喧嘩見る為に来てるわけじゃないもんね」
「………二人ともアホ…よね」
「「それな」」
 暫くするといい加減にしろとばかりに北が無表情で正論パンチを繰り出してきたので二人ともあえなく撃沈した。
「名前疲れてへん?」
 怒られたことに対して不貞腐れながらも名前を気遣う治。個人的にだが、女の子に対してこういう細やかな気遣いができるのは侑より治のほうが優れていると思う。
「治くん…」
「ん?」
 だから、先程から考えていることを口にしようか迷う。
 名前が何かを迷っていることを察した治は、大きな体躯を丸めて内緒話ができるように名前に耳を近づけた。その行動に甘え、本当に小さな声で用件を告げる。「……は?」すると治は意味不明とばかりに声を上げた。
「そんなん自分で言うたらええやん」
「!?!?」
「いや無理ちゃうよ。そういうお願いやったら聞いてくれるって。ほら、勇気出して言うてみ?」
「!!!! むっ無理じゃ!!」
「何でよ」
「だって北さんに調子に乗っとる思われとうないもん!」
「いやそんなん思わんって。バレー部入っとったら普通やって」
「治くん〜〜〜!!」
「……名前、後ろ」
 半笑いで背後を指す治に嫌な予感がしながらも振り返れば、案の定そこには無表情の北がいた。
「どしたん名前ちゃん」
「……ぁ、う」
「キャプテン、名前ちゃんがお願いあんねんて。聞いたって」
「お願い?」
 キョトンとした顔の北は珍しい。しかしそれとこれとは別だ。やっぱり言えない。口籠り俯く名前の背にポンと手が触れる。治だった。手は“はよ言え”と急かしている。
「れ」
「れ?」
「れっ…しーぶ、……見せてほしい、です」
「ああ、ええよ」
「!!!!!」
「ほら言うたやん」
 むしろ何であかんて思うねん、と呆れる治。だが名前にはもうそんな彼など視界に入っていなかった。
 北は侑にボール上げ、角名にスパイクを命じてレシーブを行った。やっぱり一分の狂いもなく綺麗で、繊細で、美しい。
「こんなんでええ?」
「すごいっです!」
「でも地味やん」
「そんなことないです!!」
 思わず尊敬の眼差しで北を見上げれば、彼は穏やかな微笑みを浮かべて名前の頭を撫でた。感激のあまり、名前はふるふると震える。
「良かったら教えたろか?」
「お願いします!!」


「…なあサム」
「何や」
「なんかめっちゃムカつくねんけどなんなんこれ」
「それどっちに対して言うとん?」
「多分どっちもや。あ、でもどっちかっていうと名前ちゃんのほうかも。だってレシーブ教えんの俺で良くない?俺のほうが適任やん。なんかバレー自体もどこぞの馬の骨とも知らん奴に教えてもらったとか言うとったしホンマ何なん??」
「………そういうとこやでツム」
「あ??」
prev | back | next
双六