きんようび

 今朝からフワンテたちの姿が見えなかった。その旨をシンジに伝えれば彼は表情を変えずに口を開いた。
「金曜日は何故かたにまのはつでんしょにいるな」
「何でだろうね」
「分からん。フワンテにだけ感じる何かがあるのかもしれない」
 どうやらシンジが幼い頃から毎週金曜日に限り、たにまのはつでんしょにフワンテが集まってくるらしい。その理由は誰にも分からないのだそうだ。今日フワンテが帰ってきたら訊いてみたいものである。
「……、」
「どうしたの?」
 何かを考える素振りをするシンジ。訊ねてみれば、茶菓子のクッキーをぼんやり見つめていた三白眼がスリナを捉えた。
「いや……二人きりなのは、久しぶりだと思って…」
 改めて述べるのは気恥ずかしかったのか、シンジはすぐに目を逸らしてクッキーを齧った。
 言われてみれば二人きりなのは今日が初めてだ。シンジがここへ訪ねてきた初日も翌日もずっとポケモンたちが傍にいた。特にゲンガーやミカルゲ、ムウマたちがまとわりついてきていたのでいつも賑やかだったが、ここ二三日荒れていた彼らも今日はすっかり大人しい。ゲンガーは水曜日以降シンジや手持ちポケモンに手を出していないようだ。きっと突然の来客に困惑してああいう行動に出てしまっていたのだろう。ここに棲み着く彼らの多くは人見知りなのである。今はシンジのポケモンたちも混じえて庭に出て遊んでいたり昼寝をしたり、ヨノワールといった働き者たちは掃除をしたり幼いポケモンの世話をしている。
 本当の意味での二人きりで、他の皆は手が塞がっている。彼の真意を聞き出すのは今かもしれない。
「あのさぁシンジ」「スリナ」
 ぱちり。目が合う。まさか声が被ってしまうとは思わず、お互い一瞬言葉を失った。
「え、なに?」
「お前こそどうした」
「シンジから言いなよ」
 すると彼は僅かに唇を噛んだ。その仕草に、本心では言いたくないのだろうかと訝しむ。
 やがて彼は言った。
「いつまでここにいるつもりなんだ」
 直球の質問に少しどきりとしてしまった。彼と親しくない人間が今の言葉を聞けば、いい加減にしろといった色合いで受け取るだろうがスリナは少し違った。
 どこか、寂しさを感じたのだ。
 視線が交わらない。敢えて逸らしているのだとすぐに分かった。
「………シンジ」
 そっと呼べば、おもむろに視線が交わった。揺らいだ瞳で思い出すのは、再会した日に彼が呟いた一言。

『これからのことはまだちゃんと考えてない』

 察するに、彼は何か大きな悩みを抱えているのだろう。スリナがいつまでここにいるのかと彼のその悩みがどう繋がるのかは分からないが、とにかく彼が今とても困っているというのは充分理解できた。
 取り敢えず何か言わなければ。使命感に駆られ次の一言も考えずに唇を開いた瞬間。
「ゆ〜ら〜っ!」
 ミカルゲの顔が間近に迫った。
「え!?」
「…急に出てくるのはやめろ」
 思わず驚きの声を上げるスリナとは違い、シンジは極めて冷静にミカルゲを窘めた。
「い、いつの間に…」
「ゲンガーたちもいるぞ」
 シンジが指差すほうに顔を向ければ確かにゲンガーや他のポケモンたちがドアの隙間からこちらを覗いていた。
「随分汚れているな。余程派手に遊んだのか」
「みんな元気だね」
「ドラピオン、こっちに来い」
 特に汚れているドラピオンを最初に呼び、さっさとタオルで体を拭いてゆく。彼の周りに先程のような不安定な空気はもうない。スリナはまたタイミングを逃してしまったのだと悟った。苦い顔をして彼らを見つめていれば、ミカルゲがどうしたのとばかりに顔のパーツを傾けた。
「んー、気持ちを聞き出すのって難しいね」
「ゆら〜?」
「スリナ、タオルを追加で欲しい」
「はいはい。ミカルゲのかなめいしもついでに拭こうか」
 そう提案すればミカルゲはやけに笑顔で頷いた。

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