ぼくとおどりませんか

「え?」
 スリナは当惑の声を上げた。対して目の前の三人はどこか自信に満ちた表情をしている。
 シンオウ地方某所。ある日スリナはシンジと共にスケート場を目撃した。親子や恋人、友人同士でスケートを楽しんでいる姿に微笑ましく思っていれば、その日の夜にここへ連れてこられた。しかも何故かヒカリとジュンもいる。
「スリナたちは知らないでしょうけど冬のイベントで今年だけ特別にスケート場ができたの!せっかくなんだから楽しみましょ!」
「よーしオレ一番乗り!!」
「あっ待ちなさいよジュン!」
 当惑のスリナを放ってジュンはさっさとスケート場へと行ってしまった。ヒカリは相変わらず仕方ないやつね、と溜息を一つこぼす。
「えっと……」
「お前昼間ここをずっと見てただろ。滑りたかったんじゃないのか」
 シンジの言葉にハッとする。確かにずっと見つめていたが、そんなスリナに気づいていたとは。
「さ、スリナ行きましょ」
「ちょっ…ちょっと待って!わたしスケートしたことないの!」
 その言葉にシンジとヒカリの目が瞬いた。
 とにもかくにもまずは挑戦してみようということで、早速スケートリンクに足を踏み入れてみたのだが…。
「も〜そんなに怖がってたらいつまで経っても滑れないわよ!」
「力むな。普通に立っていればいい」
「そ、そんなこと言ったって…」
 手すりに捕まるスリナに半ば呆れた目を向けるヒカリとシンジ。言うまでもなく二人は普通に立っている。流石、寒帯地方出身者たち。三人ともスケートはお手の物らしい。スリナだって運動神経自体は悪くない筈なのだが、どうしても恐怖が勝って膝が笑う。
 と、ここでヒカリが悪どい笑みを浮かべた。
「シンジ、スリナのことお願い。あたし遊んでくるから」
「ヒカリ!?」
「ああ。お前は必要ない。行け」
「じゃ、二人でごゆっくり!!」
 あははと手を挙げて滑ってゆくヒカリ。どうしたらあんな風にできるのだろうと不思議に思っていれば、シンジが手を差し出してきた。
「いつまでも手すりにしがみついていたら滑れないぞ」
 シンジの手におそるおそる自分のそれを乗せる。どちらも手袋をしていないので、お互いのぬるい体温が指先に伝わり合った。ぎゅ、と微かに力が込められ、ゆっくりと引かれる。「背筋を伸ばせ。前のめりだと逆に転ぶ」的確な指示にすぐさま上体を起こす。足元にしか目が行っていなかったが姿勢が正されたことにより自然と視線が上がる。手を引いてくれているシンジと目が合った。そうして暫し、見つめ合う。
「……―――…」
「……、離すぞ」
「え!?」
 突然の宣言に慌てるがシンジはあっさりとスリナの手を離した。転んだらどうしようという恐れからスリナは一歩たりとも動けなかったが、すー、と音もなく体が流れた。「あ、あは…」若干声が震える。「どう?上手い?」その言葉にシンジは何とも言えない顔をした。いやお前足動かしてないだろ、という幻聴が聞こえた気がする。
「お前足動かしてないだろ」
 本当に言われた。
「…ぬるいやつ」
 溜息交じりに呟いたあと、シンジは黙って手を差し出す。どうやら補助を続けてくれるようだ。安堵して手を伸ばしたその瞬間、シンジの顔色が変わった。
「ッスリナ!」
「えっ」
「わーっ!!どいてどいて!!! 」
 後方からの声に振り返る余裕もなく背中に大きな衝撃が走った。そのままリンクを滑り、シンジに正面から激突する。倒れてしまうかと思いきや彼はしっかりと抱き留めてくれた。
「…!!……!?」
「ッ何してるんだお前!」
 彼の腕の中で首をひねれば、尻餅をついているジュンの姿が視界に入った。
「あー!なんだってんだよー!絶対上手くいくと思ったのに!」
 成程、ジュンが衝突してきたらしい。
「周りに人がいるのが分からないのか」
「だから悪かったって!スリナごめんな!」
 けろっとした顔で立ち上がるジュン。対するスリナは膝がぷるぷると震えてシンジにしがみついたままだった。「おい、離れろ」いつまで経ってもそのままなスリナにシンジが告げるが、それは断った。
「もっもう無理!絶対離さないで!」
 更にギュッとしがみつけば彼の体がびくっと跳ねた。
「ぷっ…あはははは!」
 すると背後にいるらしいヒカリが堪えきらずといった具合に笑い出した。
「なに笑ってるの!全然笑い事じゃないんだけど!」
「ちがっ…ごめん、違うの。あはは。シンジが面白くて…っ」
 シンジが?
 何だろうと顔を上げようとしたところ、スリナの目を彼の手が覆った。真っ暗で何も見えない。「なに恥ずかしがってるのよ」「うるさい!」結局何も分からないまま暗闇の中で二人の会話を聞いた。
「…もう戻るぞ」
 これ以上付き合っていられないとばかりに言い捨てるシンジ。
「え、まっ待って、ずっと手、握ってて」
「……っ」
 ギッ、と音が付きそうなほど睨まれる。しかしここで離されるわけにはいかない。最早懇願の目で縋れば、全てを諦めたかのように彼は深い溜息をついた。そうしてやけくそとばかりに手を握られる。そのまま出入り口へと案内され、漸くしっかりとした地面に足をつけた。
「ありがとう……はーっ、疲れた…」
「お前スケート向いてないな」
「そうだよね。…シンジ?」
 普通の地面に降り立っても手を繋いだままの彼。もう大丈夫だと言うのにそのまま歩き出した。「靴、返却して帰るぞ。あいつらは放っておけ」なんてことない声音で告げた彼の耳は、ほんのりと赤みが差していた。

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