平古場凛は落ち着きがなかった。
「ウザいです」
「いってェ!?」
 木手に脇腹を突かれても、落ち着くことはなかった。そわそわそわそわ。うずうずうずうず。子供のように周囲を見渡し、ある人物を探している。それが誰なのか木手は知っていた。
「あ!」
 やがて彼の目が彼女を捉える。碧がかった黒髪を揺らして彼女は歩いてる様を、平古場の瞳は捉えて離さない。
「…話してきたらいいじゃないですか」
 そのイラッとくるくらいのピュアさに、木手は思わずそう呟く。
「むっむむむむむむむむり!!」
 取れるんじゃないかという勢いで首を振る平古場。「きれるわけねーらん(できるわけない)!」完全拒否のその様に木手は大きく息を吐いた。
「じゃ、彼女とお近づきになるなんて一生無理ですね」
「うっ………」
 それは嫌だとばかりに顔を歪める。彼女のことで平古場がウジウジするのは今に始まったわけではないが、この合宿が彼女と顔を合わせる最後の機会になるかもしれない。恥ずかしいだとか弱音を吐いている場合じゃないだろう。そう窘めると平古場はたじろいだ。
「だ、だって永四郎………」
「永四郎、凛。ちけー開会式始まるぞ」
 甲斐の呼び掛けに気づいた木手は踵を返す。
「え、えーしろー…」
「自分でなんとかしなさい」
「? ぬーがや?」
「何でもありませんよ甲斐クン。さあ、ヘタレは放っておいて早く行きましょうか」
 不思議がる甲斐を連れてさっさと広間に向かう。後ろで平古場が喚いていたが知ったことではない。
 広間に行くと話題の彼女が手塚と話していた。元々二人とも表情豊かなほうではないが、自分が見ても二人の表情が普段よりも柔らかいことが分かった。仲は良いほうなのだろう。これを見ればまた平古場が落ち込むに違いないと思い、木手は溜息をついた。
「永四郎、きっさからいちゃし(どうした)?」
 甲斐は平古場が彼女に対しほのかな想いを秘めていることに気づいているが、この時は鈍かったらしく木手が溜息をつく理由が分からなかったらしい。説明するのもめんどくさかったので木手は何でもないと首を横に振った。
あと何センチ近づけば君に触れる?


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