梨胡はマネージャーだから忙しい。洗濯、掃除、コートの整備などすることが色々ある。今回は山吹の壇がマネージャーとして一緒に仕事をしているがそれでも彼女が息をつく暇は中々なかった。
 よく働くなぁ…と平古場は水分補給をしながら彼女の仕事ぶりを観察していた。こめかみから落ちる汗の珠を拭う姿すら様になる。水分よりも彼女を見ているほうが平古場にとって“補給”になった。疲れていた筈の体もいつの間にか満たされる。恋の力は偉大だと、平古場はこの時思った。
「…平古場クン」
「いっでェ?!」
 パシーン!と頭に大きな衝撃。振り向くと呆れを通り越して軽蔑気味な瞳をこちらに向ける木手がいた。
「次、君の出番ですけど」
「え!?もう?」
「貴方、ずっと梨胡クンのこと見てたでしょう」
 気持ち悪いですね、と呟く木手の言葉に頬が引き攣る。言い訳もできないのでラケットを持ってコートに向かう。すると、
「木手」
 ズシャアッッッ!!
 突然の梨胡の声に平古場はこけた。
「り、凛…なんくるないさーみ?」
「………」
 知念の大丈夫かという声に答える気力も無く、無言で立ち上がる平古場。(また永四郎かよ…)胸を潰されたような思いが溜まる。
「明日雨が降るかもしれないから、予定表に変更点を書き足して皆に配ってるの」
「ご苦労様です。わざわざありがとうございます」
「いいよ別に。仕事だから」
 そう、仕事。仕事だから比嘉の部長である木手と話すことも多い。それは充分理解している。だが理解と納得は別だ。自分とももっと話してほしい、こちらを向いてほしいという欲望が平古場の中で渦巻く。
 「それよりも」ふと軽い足音が近づく。(ん…え?)ふわん、柔らかい匂いが鼻腔をくすぐる。
 目の前に、梨胡がいた。
「平古場、さっきこけたけど大丈夫?」
 梨胡の綺麗な瞳がこちらを見ていた。
「……」
「平古場?」
「……だッ大丈夫!!」
「あっ」
 それ以上対峙することができず逃走する。いい匂いだったなとか、目大きかったなとか、唇に艶があるなとか、肌白いなとか、髪触ってみたら気持ち良いだろうなとか、色々感じたことがあったがもう何も考えられなかった。とにかくただ気恥ずかしくて、嬉しくてたまらなかった。
「…みやらび(乙女)かよ」
「え?」
「何でもありませんよ。それよりも平古場クンが失礼しました。後できつく言っておくので」
「別に気にしてないよ、大丈夫」
 平古場が去ったあと、こんな会話が広げられていたなど当然彼は知らなかった。
りんごの木の下で


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