ラブコメは他所でやれ


「いや確かにちょっとだけ教えたりしたけどさぁ…何で住所特定されてんの?」
「万事屋さん、それどういうことですかィ」
「あ、いやねウン!君は知らなくていいことだよ!」
 お日柄も良いある日、銀時は暇潰しにからくり堂に遊びに行ったら見慣れたオレンジのアフロがそこに居座っていたのである。
 真選組三番隊隊長・斉藤終。彼は以前恋の相談を万事屋にし、名も知らぬその相手を突き止めた万事屋はその相手・燕のことを少し紙に綴って彼に送った。無論彼女の仕事場を書いたりはしていない。ただ彼女の名前と職業を教えただけだ。それなのに何故か彼はここに居る。
「え、もしかして街角でぶつかった?」
「は?」
「…何でもないわ」
「よく分かりやせんが、あっしは屯所にある機器類をたまに直しに行ったりしてるんで、そこで喋ったりしてるんですよ(…いや喋ってないな)」
「えっそうだったの!?」
「はあ。あ、でも斉藤さんとはコンビニが初対面でしたが」
「ふ、ふぅ〜ん」
 銀時はジロリと斉藤を睨むと簡易イスを手繰り寄せて座った。「お前ら普段何の話とかしてんの?」斉藤は極度の無口、燕はかなりの偏屈者。この二人が一体どんな会話を繰り広げるのか、銀時は非常に気になったのである。
 その問いに燕と斉藤は顔を見合わせる。問いに答えるのに間があった。
「…何か、話してますかねェ」
 一人呟く燕に銀時はつい、は?と口を開ける。顎に手を添える燕は唸るように言った。
「考えてみればあっしら、顔を合わせても殆ど会話なんてしてません」
「…え、じゃあなに。沈黙ってこと?」
「そういうことになりますねェ」
 ね、と燕が斉藤を見ると、彼はこくんと首を縦に振った。
「ち、沈黙とか苦痛じゃない?」
「別に…万事屋さんと沈黙なら苦痛ですけど斉藤さんなら余裕です」
「おい何で銀さんとなら苦痛なんだオイ」
「斉藤さんの沈黙は落ち着くから良いんです」
 さらっと燕が述べると彼はあからさまに身じろいだ。褒められたことがよっぽど嬉しいらしい。そもそも相手と沈黙しても苦痛ではないというのなら、その相手と自分は余程相性が良いということだ。それを(意図してかどうか定かではないが)暗に言っている燕に斉藤の瞳は煌めき、銀時の瞳は不機嫌さを帯びる。
「ふぅーん、んだよ、じゃあもう両片思い的な感じかよ」
「はい?」
「っ!!?」
 突然の発言に燕は怪訝し、斉藤は慌てる。
「だってお前、無言でも全然平気っつーことは少なくともこいつの恋人になる素質ガボェェ!?」
 まさかの鳩尾強打。斉藤からの思わぬ不意打ちに銀時はなす術もなく崩れ落ちた。
 燕は銀時の言葉の意味が分からなかったらしくあまり気にしていなかった。それよりも斉藤がいきなり銀時の鳩尾に手刀を喰らわしたことに驚いていた。
 斉藤は身振り手振りで彼女に気にするなと意を伝えると、銀時に何かジェスチャーした。大方余計なことを口走るなと伝えたいのだろう。シャイな彼に銀時はつまらない気持ちになる。これまで沈黙を貫いてきた彼のことだ、碌に女の口説き方も知らないに違いない。だから少しでも前に進めたらと思って言ったのに、まさかの手刀だ。だったらお前は良いこと言えるんかいと心中でつっこんだ。
 「あ」呑気に備品整理をしていた燕から出た音。直後にはスパナが音を立てて落ちた。こっちの気も知らないで〜、と小さく言うと燕は少し眉を寄せて彼を見つめた。
「さっきから万事屋さん、どうしたんですかィ―――あっ」
 訝し気な表情から一変、燕はハッとしてスパナを取ろうとして伸ばした手を引っ込めた。疑問に思いそちらを見てみると斉藤も燕と同じような体勢で居た。ああ成程そういうこと、と理解すると、銀時の口角が引き攣った。
 落ちたスパナを拾おうとした燕。同じことをした斎藤。伸ばした手。嫌でも展開が予測できる。
「何なのお前ら、俺に対して何の恨みがあんの?」
「…ッ!!!」
「いや…別に恨みとかは無いですけど」
「だぁーって!ンなラブコメみたいなこと目の前でしてくるんよ?彼女いない俺に対してのあてつけか!?」
「…万事屋さん、愛に飢えてるんですかィ?」
「違いますけど!?」
 「あーあやってらんね!俺帰る!」一方的に言って銀時はからくり堂を出る。暫く二つの視線が背中を刺していたが燕のお茶淹れますねという声で消え去った。
(え、何なのマジで。俺、嫌われてる…?それかただ単にお邪魔虫だっただけなのか?)
 二つのもやもやを抱えたまま、帰宅する気にもなれなかったので銀時は歌舞伎町を孤独に歩いた。暫くは二人のことで悩まされそうだった。
prev | top | next
back