誰にだって知られたくないことが一つや二つある


 万事屋にて。
「そういや銀ちゃん」
「あ?」
「あのアフロ、からくり堂の弟子とどうなったアルか?」
 酢昆布をもっきゅもっきゅと食べながら訊ねる神楽に、銀時は心底面倒そうな目を向けた。そんなんどうだって良いだろと言いたげだ。
「気になるアル。それに私、弟子と話してみたいヨ」
「お前アフ狼の恋愛よりそっちがメインだろ」
 行くのめんどくせえな、と銀時は思ったものの先日の山崎の忠告にそんな思考は停止する。いや別に彼女は攘夷志士ではない。が、色々思うところがあって彼は心配だった。
 はあ、と盛大に溜息をついて立ち上がる。「とっとと行くぞ」と素っ気なく言うと、神楽はヤッホウ!と喜んだ。


「…出身、ですか」
「手始めの質問っつったらコレだろ」
 突然やって来た銀時たちに僅かに眉根に皺を寄せる燕。
「で、どこアルか?」
「長州です」
「へ?長州なの?」
「はい」
 何故質問をするのかと訊ねてくることも無く、燕は淡々と回答する。
 銀時は暫し燕を見つめていたが身を乗り出した神楽にその視界は阻まれた。
「何で江戸に来たアルか?出稼ぎ?」
「まあそんなところですが…“あるもの”を探していて」
「何探してるアルか?」
「…………天職ですよ」
「もう見つけてんじゃねーか」
「はいまあ」
「ていうか燕は歳いくつアルか?」
「ハタチです」
「バカヤロー燕、おめェまだ十九だろーが」
 燕の回答を即座に否定した源外は「これ直しといてくれ」とガラクタを渡し、また表へ出る。すると燕は最早二人などどうでもいいという風にガラクタに意識を集中させた。その姿に本当に絡繰が好きなんだと感心させられる。
 淡い栗色の髪がまた揺れる。そして髪を耳にかける燕の手。その動作を行う度に、銀時の心はひどく乱される。それは恋心だとかそういうものではなくて、おそらく、“不安”。彼女を通して何かが思い出させる―――既視感が彼をひどく憂慮させる。
「……あのさァ燕、」
「燕!酢昆布好きアルか?」
「酢昆布?いえあまり食べませんねェ」
「えー!美味しいのにーっ!!」
 酢昆布を勧める神楽に燕は微かに笑う。そんな姿に銀時はつい口を噤んだ。
「今から酢昆布買いに行くアル!」
「あの、今仕事中なんですが」
「そんなのいつでもできるアル!酢昆布は待ってくれないネ!」
 神楽に手を引っ張られ、燕は流れるようにからくり堂を出て行ってしまった。銀時は傍らに置かれた直りかけのガラクタを手に取る。
「…おいジジィ、燕の履歴書とかある?」
「ねーよンなモン」
 直りかけの絡繰はまだ動かない。銀時は溜息をついて立ち上がった。「履歴書くらい出させとけよ」表に出ると曇り空が広がっていた。店の前でしゃがみ込んで作業をしている源外の頭を無意味に見つめる。淡い栗色の髪が恋しくなった。
「……あんまり詮索してやってくれるな」
 視線に気づいていたのか源外は作業を続けたまま彼に言う。
「何か知ってんのか」
「…さあ、俺にはさっぱりだ」
 それきり源外は口を閉ざした。
 燕と神楽はまだ帰って来そうにない。銀時は客間に行って寝転がった。いつか嗅いだあの紫煙の匂いが、鼻を衝いた。
「…で、何でまたお前がいんの?」
 銀時が寝転がっている背後、ちょこんと正座をしている斉藤は無言を貫いている。どうせ問うても返事が来ないことは分かり切っていたので銀時は目を閉じた。しかし暫く経つとペンが紙を滑る音が聞こえてきた。何かと思い片目を開けてみると、いつの間にか斉藤が目の前に座っていて手帳をこちらに見せていた。
 “最近、燕さんの周りで不審な人物がうろついていませんでしたか?”予想外のことに銀時は暫し固まった。
「……え………なに、どういうこと?」
「…、」
 “ある事件で燕さんが重要参考人として疑われています”――想像していたものと違い、銀時は僅かながら安堵する。とはいえ彼女の日常が脅かされようとしていることに変わりはない。
「俺の知る限りでは見たことねーな」
 彼の言葉に僅かに眉をハの字にする斉藤。そんな姿に銀時はなんとなく申し訳ない気持ちになった。
「…ま、俺も気にかけとくから、一人であんま気負うんじゃねーぞ」
 取り敢えず労わりの言葉をかけると、斉藤は了解したように一つ頷いた。
 その時、丁度神楽の楽しそうな声が入口から響いてきた。燕と、神楽の会話。彼女の確かな存在に、斉藤だけでなく銀時も安堵の息を吐いた。
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