源外との馴れ初め


 腹が立つほど忙しかった。その日の多忙さといえばいつもの比ではなかった。平賀源外は部品が入った箱を運びながら、夜の空の下、慌ただしく店の外に出た。これらは一昨日から続いていた機械の修理に用いられたものだ。
「よ、っと…」
 使いすぎて壊れかけたスパナなども入っている。そろそろ廃棄する頃合いだった。
「あ?」
 そんな折、ふと見慣れない姿が店の前にあった。それは小柄で目深に笠をかぶり、外套を羽織っている。誰が見ても分かる、旅人の格好だった。
 旅人は店の前に置かれている絡繰に釘付けな様子だった。時折手にとってみては様々な方向から絡繰を観察している。その見方、慣れた手つきからして普段から絡繰を触っている者と窺える。
「おめえさん、絡繰好きなのか」
 だからなのか、源外はつい声をかけてしまった。
 声をかけられたことに驚いたのか、笠がビクリと揺れる。ちょいと笠の先を上げて、旅人は顔を覗かせた。意外にも若い。しかも女のようだった。
「…すいやせん、勝手に触って」
「いや良いさ。好きなんだろ?」
「分かるんですかィ?」
「見る奴が見ればな。つーかおめえ、江戸っ子口調じゃねーか。旅から帰ってきたっていうクチかい?」
 何気なく訊ねたところ、旅人は肩を僅かに震わせた。「まあ、家はここにあるわけじゃ…」声を落として言ったそれに、源外は敢えて触れようとはしなかった。
「…当てはあんのか?」
「旅人でさァ。なんとかしまさァ」
「……いや、決まってねーんなら頼みがあるんだが」
 そう、丁度源外は困っていたのだ。
「実はここ一週間ほど死ぬほど忙しいんだ。おめえさん、絡繰に強いんなら住み込みで手伝っちゃくれねーか」
「……」
「なに、ずっとここで働けなんざ言ってねえ、おめえさんは一週間の間に当てを探せば良い」
 こんな時間帯では宿も空いてはいまい。それにゴロツキ共が街をうろついているだろうし、女である彼女がこのままふらふらするのは良くないだろう。
「…じゃあ、一週間だけ、なら…」
「おお、ありがてえ。じゃあ店ん中入ってくれ。説明したい」
 こうして源外は身元も深く訊かずに旅人を招き入れた。どうせ一週間の付き合いだ、どんな者だっていい。自分だって指名手配犯なのだから。
 が、まさか旅人の腕が予想以上で思わずこのままここに居てくれと申し入れするなど、源外はこの時予想だにしていなかった。無論、旅人でさえも“からくり堂”に縁があるとは思ってもみなかったのである。
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