虚と主人公が再会してしまったら


「……な、んで……」
「はて、それはどういう意味でしょう」
 燕の頭は今までにないくらい混乱していた。“彼”を見て、一番最初に思い浮かんだことはドッペルゲンガー説。あるいは他人の空似。ともかく燕は自分がよく知るあの人物と目の前に佇む彼を同一視するわけにはいかなかった。
 何故なら彼は…父は死んでしまったのだから。
「………どうして、同じ顔をしてるんですか…」
「…ああ成程、貴女は“前の私”を知っているのですね」
 ニコニコと微笑む彼は、淡い記憶の中の父と瓜二つ。ただ一つ違うのはその微笑みの中にどこか冷淡さが含まれているということだ。父の陽光はどこにも無く、日陰でこちらを睨むような怖さがある。
「残念。貴女が思い浮かべる男はどこにも居ませんよ」
「……!」
「貴女も知っているように、あの男はとっくに死んでいるのですから」
 世間話でもするような軽さで、眼前の男は淡々と述べる。顔は瓜二つ、声も同じなのにこの男は圧倒的に父と違っていた。だから父に瓜二つなこの男が不釣り合いな真剣を持っていることにも気がついていたのだが、この時の燕はそれの対処法など考える余裕など無かったのである。

「さて、邪魔です」

 ずぷり。体内に無機物が侵入する感覚を受けながらも、燕は尚も対処法を考えられなかった。
 異物は鋭く燕の腹を割って入る。痛みよりも先に熱が体を駆け巡った。そして滴り落ちる血液。男が刀を抜き取ると真っ赤な血液が堰を切ったように迸った。刹那には強烈な痛み。耐え切れず、燕は腹を押さえて座り込む。
「先程の貴女の表情からして、あの男は余程貴女にとって大切な人だったのですね」
「っ…」
「でも安心してください。貴女ももうすぐあの男の許へ行けますから」
 まるで聖母のような微笑と口調に燕は慄く。彼を見上げていたら、段々と彼の顔が歪んできた。自身の目に涙が溜まってきていたことに気づかなかった。
 では、と言って彼は踵を返す。彼は一度も振り返ること無く歩んだ。その背中は遠のく。手を伸ばしても、もう届かない。燕は血の溢れる腹を押さえながら、涙が零れないようにとそっと目を閉じた。
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