斉藤とケーキバイキング


 色とりどりの可愛らしいケーキが並べられている。自分から少し離れたところには、普段よりも口角を上げて楽しそうにケーキを選ぶ燕が居る。(嗚呼…可愛い)ケーキバイキングなど一度たりとも行ったことなかったが、ケーキよりも嬉しそうな燕が見れてお腹いっぱいな斉藤である。
 そう、某日、以前から言っていたケーキバイキングについに二人は出向いたのだ。まさか本当に実現するなんてと斉藤は喜びに身を震わせながらも、前日には喜びと同時に不安もやってきてお腹が痛くてたまらなかった。生憎斉藤はケーキなどという可愛らしいお菓子など口にする機会が少なかったので、何かおかしなミスでもしてしまったらどうしようなどとわけの分からない心配をしていたのだが、どうやらそれは杞憂に終わった。待ち合わせ場所に行けば燕は普段着ている作業着ではなく、綺麗な桃色の着物を着用していてドキドキしたものの、雰囲気はいつもと変わらない燕だったので安堵した。
(……どうしようかな)
 さて、燕を眺めるのも程々に、斉藤も僅かながらもケーキを取ろうとそれに目を向ける。と、そんな時であった。
「おいおいにーちゃん、それは俺のケーキだからな?取るなよ?取ったらテメーのタマ無いと思え」
 ひどく聞き覚えのある声。隣に視線をずらすと、見慣れた銀色がそこにあった。
「おいそこのオレンジ頭も俺の………ってアレ?」
“こんにちは”
「え?え?アレ?何でお前ここに?」
 それを訊きたいのはこちらだがと斉藤は思ったが、わざわざ筆談しなかった。彼・坂田銀時はその死んだ目を僅かに見開いて驚きながらもすぐにそれは収まり、いちごショートケーキを皿に乗せた。
「ここのケーキバイキング、二人組限定じゃなかったか?」
「……」
「お前にバイキングに来れるような友達いたんだな」
「銀ちゃーん早く食べるアル!」
 え?と声のしたほうを見やると万事屋の従業員である神楽が手を振っていた。おかしい、ここは二人組という名のカップル限定ではなかったのか(それを直前まで知らなかった斉藤は、店の前で顔を真っ赤にした)。
「おーう行く行く」
 しかしまあどうせ彼らのことだ。いい加減にも店員を脅して店に入ったのだろう。それに今日はせっかく燕とデートなのだ、面倒事かれらと関わって一日を無駄にしたくない。そう斉藤は自己完結させてテーブルに足を向けた。

「あれ?席、隣だったんだな」
 思わず石化しそうになったが堪える。銀時と神楽は斉藤に一瞬目を向けてそんなことを口にしたが、すぐさまケーキに戻った。できればこのまま気にしないでくれと願ったのだが「遅くなりました」と言ってやって来た燕に銀時たちはひどく驚いていた。
「えっなになにお前アフ狼と付き合ってんの!?」
「そんなことよりもあっしァ神楽さんとここに居る万事屋さんにそれを訊きたいですねェ」
 そうだそうだと内心便乗する斎藤。はむ、とタルトを頬張ると口内に甘酸っぱいフルーツとクリームの良い塩梅が広がった。そういえば燕の皿には斎藤が選んだタルトだけでなく他にも様々なケーキが乗せられていた。流石は女性。お菓子は別腹などとよく言ったものである。
「銀ちゃんそれ私のネ!」
「あー?なに言ってんのかさっぱりワーカリーマセーン」
 本当はもっと甘い雰囲気というか、きゃっきゃっうふふな状態を期待していたのだがいかんせん彼らが傍に居てはそれも叶わない。燕を見てみると少し苦笑した様子で彼らを見、それから斉藤の視線に気づいたのか顔をこちらに向けると「しょうがない人たちですね」とでも言うように困ったように微笑んだ。
 ガダガダガタンッ!!
「さ、斉藤さん?どうしたんですかィ」
「……〜〜〜っ!!」
 “なんでもないですZ”と走り書きのような字を見せてその場を流す。―――ヘタレな自分では“先程の燕さんの微笑が可愛すぎてびっくりした”などと書けるわけもない。
「人のモノ盗るなんて銀ちゃん最低ネ!」
「この世は理不尽で構成されてんだよ!一々ガタガタ言うな!」
「うるさいネ!」
 甘酸っぱいこちらとは一変、ほわちゃー!と神楽の蹴りが銀時に炸裂する。こちらにまで被害が及ぶ可能性があるのだから止めてもらいたいのだが、そんな呼びかけで銀時たちが止まるとは到底思っていなかった。そして斉藤の予想通り、ガシャン!と音を立てて自分たちのテーブルが吹っ飛んだ。ケーキは無残にも地面に落ちている。
“燕さん、場所を変えたほうが…”
 良いのでは、と書きかけたその時、斉藤は見た。
「…………万事屋さん」
「あ?!何だよゴパァ!?」
 冷徹な瞳で銀時を睨みつける燕を。しかも彼女は塵でも見るような顔で銀時を踏みつけている。まさかの展開に斉藤だけでなく神楽でさえも拳を収めて燕を見つめた。
「ちょ、な…燕ちゃん俺はMじゃ…」
「何であんたはあっしの邪魔をするんですか」
「ごふっ…あ、ごめんなさ、」
「あっしと斉藤さんのケーキ、どうしてくれるんですか」
「い、いやね、それは俺だけの所為じゃないっていうかね」
「そう、神楽さんもです。こんなところで馬鹿騒ぎして一体どう落とし前を、」
「申し訳ありません燕様、わたくしめが調子に乗りました」
 己に矛先が向いたやいなや、神楽は片膝を着き頭を下げる。銀時を踏む燕に、そんな体勢の神楽。ここはSMプレイのお店か?と一瞬錯覚してしまったのは斉藤だけではない筈だ。



「…済みませんでした、斉藤さん」
 あれから数十分ほど経ち、場所は移って大通り。結局店員に追い出されて燕たちはすごすごと帰路についていたのである。そして今、燕はとても申し訳なさそうな顔をして斉藤に謝罪していた。
「折角のケーキバイキングだったのに……万事屋さんも悪いけど、あっしもケーキ程度であんなに怒って恥ずかしいです」
 確かに凄かった。一般女性よりドライな性格をしているとは感じていたものの、礼儀正しい彼女がまさか人を踏みつけるなど誰が予想しようか。それも原因がケーキだなんて。
 燕は余程堪えているのか目を合わせようとしない。いつもよりも眉根を下げて、地面を見つめるのみだ。
“燕さん”
 燕の目の前にノートを差し出す。
“気にしてませんよ、全然”
「…!」
“燕さんの好きなものが知れて私は満足です。今度はバイキングじゃなくても、ケーキ屋さんに行きましょう”
 さらっと次の約束を取り付けようとしているのだが、燕はそんなこと差して気にしていないようで、パアッと顔色が明るくなった。「はいっ!」その笑顔は今日一番、輝いていた。
「っ〜〜〜(か、かわっ…)!!?」
「ぅえっ!?斉藤さん…?」
“なんでもないです…”
 デートに行くにも、まずは燕の素晴らしい笑みに慣れることだと、斉藤は己の課題点を知った。
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