09.ヨクナイコト

「ねえねえマコトってばー」
 イライライラ、という効果音が背後に付いてそうな程、今のマコトの心中は苛立っていた。隣で騒ぎ立てているダイゴを一瞥すらせず、マコトはズンズンと洞窟内を進んで行く。
 “流星の滝”と呼ばれる洞窟を、マコトたちは探検している。神秘的な空間を創り出しているこの洞窟は他の洞窟とは一味違う。滝の流れる音が洞窟内に轟いて、それが更に体内で響いた。
「進化させようよ!」
「嫌です」
「何で!?」
「ロコンがその気じゃないからです」
 マコトがそう言うと、ダイゴはウッと詰まる。ロコン自身が進化を拒んでいるとなると、強く出られない。
 先日発見したほのおのいしを、ダイゴはロコンに使いたがっている。ミクリとお茶をした日の夜、彼からメールが届いてロコンを進化させたらどうだという内容が届いたのだ。それきりダイゴはマコトとロコンに進化を勧めている。が、肝心のロコンは進化に全く興味無しでそっぽを向いているのだ。
 ―――そんな折、
「…ん?」
「ダイゴさん?どうしました?」
 それまで騒いでいたダイゴが、不意に脚を止めて背後を凝視した。マコトも背後を見やる。
 ドドドドォォォ…。何かが、近づいている。
「っ拙い!逃げるよ!」
「…へ」
 暗闇の中から砂埃と生き物が迫って来ている。
 「走って!」ダイゴはマコトを促す。マコトは走りながら端末を起動させて背後から迫ってくるポケモンたちを計測した。結果はタツベイというポケモンの群れが自分たちを追いかけているとのことだった。
「…ドラゴンタイプですか」
「逃げたほうが早いかな」
 階段を駆け下り水場の近くを走る。取り敢えずできるだけタツベイを傷つけない為には、こちらの姿(まと)が見えなくなる他無い。
「仕方ない…二手に分かれよう。洞窟内の道は把握してる?」
「大丈夫です」
「よし、じゃあ適当に撒けたら114番道路で待ち合わせよう」
 話は纏まり、突き当りの道が二つに分かれているのでダイゴは右側、マコトは左側に進んだ。



「良い感じに撒けましたね」
 暫く走り続けていたマコトだったが、タツベイたちの足音が止んだのでゆっくりと速度を落として立ち止った。おそらくダイゴのほうに多くのタツベイたちは向かったのだろう。端末で辺りの生体反応を確認し、マコトは114番道路側の出口まで歩き出した。
 多数のタツベイに追われているとなると、ダイゴが洞窟を抜けるのは遅くなるだろう。それまで暇だな、と気分が沈んだその時、端末がピーピーという機械音を鳴らした。
「複数の生体反応…しかも人間、か」
 画面と睨めっこしたマコトだったが、どうせダイゴのような物好きが居るのだろうと完結させる。114番道路に出るには生体反応のあった場所を通り過ぎなければならないので、声をかけられたらどうしようと悩む。見ず知らずの人に不意に話しかけられることを嫌うマコトは、その嫌な状況を想像してしまい盛大な溜息を吐いた。
「―――ッ!!」
「…?…――」
「……ん?」
 出口に近づくにつれ、人の話し声が耳に届く。それは世間話をしているにはあまりにも棘のある声だった。
「二人だなんて卑怯だぞ!」
「ウヒョヒョヒョなんとでも言いなさい!」
 視界に赤い服と白いニット帽が映る。
「あ」
「! マコトさん!!」
「ウヒョ!?今度は誰ですか!」
 言い争いをしていたのは、ムロタウンで出会ったユウキと赤い服を来た男たちだった。マコトは彼らの服に装飾されているマークに見覚えがあった。
「…マグマ団ですか」
「マコトさんお願いします!手を貸してくれませんか!!」
「え、私ですか私なんですか」
 懇願するユウキに思わずそんなことを言ってしまう。既に相手側はマコトを敵と認識しているようで、彼女を睨みつけていた。
「状況がよく分かっていないんですけど…仕方ありませんね」
「ありがとうございます!」
 マコトはユウキの隣に立ち、モンスターボールを持つ。それを皮切りにホムラとマグマ団したっぱはグラエナを繰り出した。
「いけヌマクロー!」
「ルカリオ、お願いしま…」
 マコトがモンスターボールを投げようとした時、腰に付けていた他のボールから赤い光が漏れた。「コォン!」と可愛らしく鳴き、飛び出したのはロコンだった。
「わっ、ロコンだ…」
「…君の出番ではないですよ、ロコン」
「コォンコォン!」
 ロコンは頑なに戦いたがっている。仕方ないとマコトはルカリオのボールをしまう。彼の出番はまた今度だ。
「ヌマクロー、マッドショット!」
「グラエナ、かみつく!」
 ホムラのグラエナはヌマクローのマッドショットを華麗に避け、ヌマクローの腕に噛みついた。
「ロコン、かえんほうしゃです」
「コォォ!!」
 ヌマクローに噛みついていたグラエナにロコンは火炎を発射させる。直撃し、グラエナは慌ててヌマクローから離れた。「たいあたり!」したっぱのグラエナがロコンに向かってくる。ロコンは瞬時に後退した。
「とっしん!」
「ロコン!避けてください!」
 呼びかけるもロコンは対応できず、グラエナの攻撃を受けて吹っ飛ばされた。「ロコンっ」「もう一度とっしんだ!」マコトは呼ぶも、ロコンはふらふらと覚束ない足取りで立ち上がろうとしていので、グラエナの追撃に対応できそうにない。
「ヌマクロー!みずでっぽう!」
 その時、ユウキのヌマクローの助太刀が入る。ロコンはなんとか助けられたものの、その表情は浮かなかった。それからヌマクローとロコンはお互いを助け合いながらバトルに勝利した。
「お疲れ様です」
 ボールをかざす。その間も、ロコンはどこか不満気な表情をやめなかった。
「…さて、どうしますか」
 無表情で彼らを見るマコト。彼女から出る妙な威圧感にホムラはたじろいだ。
「うぬう!これチャイルドたち!邪魔をしないでいただきたいっ!我々マグマ団の科学力とえんとつ山のエネルギー……そして隕石の秘めたるチカラが合わされば、かの超古代ポケモンを……」
 マコトたちを指差し睨んでくるホムラの背後に、ふと人影が見える。
「ふははははははッ!ガキンチョ相手に無様なモンだなァ!マグマ団のヘタレ共!」
「誰だ…!?」
 (あれは…アクア団か)
 バンダナに刺繍されているマークに、マコトは目を細める。厄介な集団が集まってしまった。
「ウヒョう……!アクア団までご登場ですか……さすがに分が悪いですねえ……そこの貴女!とりあえず隕石を!」
「御意!」
 ホムラはしたっぱに命令すると、したっぱは白衣を着た男の所有物を奪い取った。強引に奪われた挙句突き飛ばされ、白衣の男は崖から落ちそうになる。反射的にユウキは駆け出し、白衣の男を助けた。
「ウヒョヒョ!隕石インマイハーンド!それではでは!あでぃおーす!みな皆様!いざいざえんとつ山へ!」
「させません。ルカリオ、出番です」
 咄嗟にルカリオが出現し、ホムラの前に立ちはだかった。「大人しくしてください」
 ホムラは大事そうに隕石を抱え唸る。ホムラもしたっぱの手持ちは全員戦闘不能なので、彼らに勝ち目はない。ルカリオはしんそくでホムラの傍らまで行き、隕石を奪い取った。「あっ!!」ホムラは悲鳴を上げるが、その時には既に隕石はルカリオからマコトの手に移動していた。
「何なんですかコレ…ダイゴさん」
「うぬぅ!?」「えっ、ダイゴさん!?」
 アクア団の背後…そこには薄い笑みを湛えているダイゴが居た。一体いつからそこに居たのかユウキやマグマ団、アクア団には皆目見当つかない。
「お疲れ様マコト、ルカリオもね」
「遅いじゃないですかー。撒くの下手くそなんですね」
「いきなり辛辣だな」
 落ち着いた様子でダイゴはアクア団の横を通り、マコトの前に行く。マコトは隕石をダイゴに手渡しホムラに視線を戻した。「どうしますか、奴ら」「そうだねえ…」ゆったりと会話を続ける二人に、ホムラは慄いた。
「退きますよッ!!」
「あ、逃げた」
 直後、ホムラとしたっぱはものすごい速さで走り去った。「チッ!」背後で憎々し気な舌打ちがする。アクア団リーダー・アオギリが悔しそうな顔をして部下と話し込んでいる。どうやらマグマ団の後を追うらしい。じーっと凝視していたのでマコトとアオギリの視線が不意にかち合う。にやり、アオギリは意味深な笑みをマコトに送った。
 それからマコトたちは一旦流星の滝を出た。白衣の男はソライシ博士というらしく、割と有名な人らしい。ダイゴと顔見知りだった。顔見知りだったということ、そして今回の隕石奪還のこともあり、ソライシ博士の頼み込みで彼らが奪おうとしていた隕石は暫くダイゴの手許で預かることになった。まあ妥当と言えば妥当か、とマコトは他人ながら思う。面倒事を押し付けられたという印象もあったが。
 話も終え、ソライシ博士の研究所を出る。ダイゴは勇敢に立ち向かったユウキを称賛し、今度はどこへ向かうのか問う。ユウキはキンセツシティに行くと言った。
「それじゃあね、ユウキくん。気をつけて」
「はい!ダイゴさんもマコトさんも」
 ユウキの背が見えなくなるまでダイゴとマコトは彼を見送る。
 夜は、とっくに深まっていた。