10.新たな君と懐古との再会

 しょぼーん…という効果音が聞こえる。実際には無い。あくまで空耳だ。赤い耳と尻尾が垂れ下がっていて、その効果音を余計に引き立てた。
 僕の家で寛いでいるロコンは、さっきからテンションが下がりっぱなしだ。マコトが不在だからかと思ったけど、モンスターボールから出てからずっとこれだから、原因はそれではないらしい。負のオーラが惜しみなく小さな身体から流れ出ているから、僕までなんだか悲しくなってきた。
「…ロコン、一体どうしたんだい?」
 耐えなれなくなりついに訊ねる。するとロコンは僕を見るなり耳をピンッと立てた。それからロコンはソファから降りてグルグルと僕の周りを徘徊する。
「マコトが居なくて寂しいの?」
 訊くとそうじゃないという風に赤い尻尾を床に叩きつける。僕はしゃがみ込んで視線を下げた。するとロコンは僕のスーツのポケットに首を突っ込んだ。
「ちょっ…ロコン!?」
「クゥン!」
 生憎今日は何も入ってないんだけど!?
 ポケットを漁り何も無いことを知ったロコンは、今度は僕のお気に入りの石が入っているショーケースの辺りをウロウロし始めた。もしかして、と僕はピンとくる。
「…ほのおのいしを探してるのかい?」
 当たり!と言うように「コン!」と鳴くロコン。
 漸く進化する決意ができたのか!嬉しい!あ、でも今すぐは駄目か。一旦、マコトに説明しないと。
「…ただいま戻りました」
 僕がショーケースからほのおのいしを取り出した時、グッドタイミングでマコトが帰宅してくれた。さすがマコトだ。
「マコト、話があるんだ」
「話ですか?」
 ふふふ、ロコンが進化したいと言ったらマコトはどんな顔するかな。マコトをソファに座らし、僕はロコンを抱いてその隣に座る。
「実はね、ロコンが…進化したいらしいんだ」
「えっ」
 僅かに眉根を寄せて、ロコンを凝視するマコト。
「…あのバトルがあったからですかね」
「あの?」
「流星の滝でのバトルです」
 ああ、マグマ団アクア団と遭遇した時の。マコトはそこでバトルに出た時のロコンの状態を教えてくれた。危機の時にヌマクローに助けられたこととか、協力して勝利したとか。プライドの高いロコンは、ヌマクローに助けられたことを屈辱に思っているんだろう。それで進化したらヌマクローよりも強くなれるかもって考えたのかな。
「そんなことが…」
「まあロコンが進化したいって言うなら別にしても良いんですけど」
 マコトがロコンに手を伸ばす。僕はロコンをマコトに移してやった。
「良いんですかロコン。進化すれば、元の姿に戻れないんですよー」
「コンッ!」
 分かってるわよ!とか言ってんのかな。マコトは暫くロコンを見つめ合うと、僕に視線を移して「ほのおのいし、頂けますか?」と訊ねてきた。
「勿論。はい」
「ありがとうございます」
 マコトはロコンにほのおのいしを近づける。ロコンは前脚を上げてそれに触れた。
 ピカァ!と金色の光が溢れ出す。ロコンのシルエットはどんどん大きくなり、マコトが見上げるくらい高くなった。
「…どうですか、キュウコンの姿は」
 光の放出が収まる。目の前には赤くて小さなロコンではなく、黄色い毛並みの美しいキュウコンが鎮座していた。
うわあ、綺麗…ミクリに見せたら大喜びするだろうな。
 キュウコンは満足気に鳴いて、僕に向かって頭を下げた。ありがとうと言っているみたいだ。それからキュウコンはマコトに擦り寄ってからボールの中に入っていった。
「良かったね」
「まあ…はい。丸く収まって良かったです」
「キュウコン綺麗だなー…」
「ミロカロスと良い勝負です」
 あ、マコトがそんなこと言ったからキュウコンのボールがカタリ揺れた。キュウコンは割と自信家だし、当然って思ってるんだろうな。
 マコトはキュウコンの入ったモンスターボールを見つめる。彼女の青い瞳に赤いボールが映ってなんだか面白い。相容れぬ存在みたいで素敵だな。石に例えると…。
「…ダイゴさーん、今アホみたいなこと考えてますよねー?」
 ア、アホ!?
「いやァ、今だらしない顔してたんで絶対下らないこと考えてたんだろうなー、と」
「下らなくなんかないよ!君を石に例えるとどんな感じかなって考えてただけで…」
「あ、やっぱりアホだ」
 そう呟いてマコトはボールを鞄にしまった。なんだろう…誤解を解かなければいけない気がするけど、何をどう解けば良いのかさっぱり分からない。
 それから彼女はノートパソコンを開いて打ち始めた。ああもう相手にしてくれないんだな。そんな雰囲気がありありと出てる。んー、仕方ないなァ、ミクリにでも電話しよう。ロコンが晴れてキュウコンになったことを報告しようっと。マコトを一瞥すると、彼女は珍しく眉根を寄せて画面を睨みつけていた。親父からややこしい仕事でも届いたのかな。「…おかしな頭してる分際で」お、おかしな頭!?僕の親父は至って普通の髪型してると思うんだけどなぁ…?
 静かに憤っている彼女を放って自分だけ電話を楽しむのは悪いと感じつつ、僕はポケナビを手に取った。