11.煌びやかな世界

 はいこれ着て、と手渡されたのはダイゴがよく来ているスーツと似たようなタイプのものだった。
「…はい?」
 カイナシティにあるコンテスト会場。そこにマコトは居た。無論これは彼女の意志ではない。今朝方、前触れもなく家に突撃してきたミクリに掻っ攫われ、ここに居るのだ。
「さすがマコトちゃん。キュウコンの毛並みが素晴らしい上にコンディションも完璧。その辺に居るポケモンコーディネーターなんか相手じゃないよ。もう君ポケモントレーナーやめてコーディネーターになれば?」
「済みませんミクリさん。状況がよく分かっていないんですが」
 マシンガントークを華麗に無視してマコトは言う。するとミクリはパチンッと指を鳴らした。
「状況が分かってない?そんな筈はない」
「何でそんな断言してるんですか」
「君はこれからコンテストに出るのだよ」
「アンタと会話できてんのかできてねーのかさっぱり分かんねーよ」
 暴言じみたことを吐くマコトを気にすることなく、ミクリは恍惚とした顔でキュウコンを撫でる。しかしキュウコンはミクリが邪険なのか無防備なミクリの腹に蹴りを入れた。
 時計の長針がニを指している。出演者はそろそろ控え室に行って、着替えなければいけない。エントリー受付はもうすぐ終了してしまう。マコトを引きずるようにミクリは受付に行ってエントリーを行い、控え室に押し込んだ。
 十分ほどでマコトは控え室から出てきた。中折れ帽をかぶり、黒のスーツを纏っている。マコトが着ていると妙に様になっており、ダイゴとは違うあざとい格好良さがあった。
「…マコトちゃんって男装が得意そうだよね」
「その髪の毛引きちぎって差し上げましょうか」
「ちょっ、ごめんごめん!冗談だからこっち来ないで!」
 無表情で迫るマコトから必死に逃げる。「あ、もうこんな時間!マコトちゃん、準備オーケー!?」なんとか話題を逸らそうとミクリは笑顔を取り繕う。
「や、あの…」
「それじゃあ頑張ってね!VIP席で応援してるよ!」
 ドンッと背中を押され、控え室に無理矢理入れられる。マコトが振り返るよりも前にドアは無情にも閉められた。



バタンッ!と荒々しく扉が開けられる音に、ミクリは頭だけ扉のほうに向けた。
「ミクリ!」
「おやダイゴ…思っていたより早かったね。チャレンジャーは?」
「速攻で蹴散らしてきた」
 コンテストに参加する選手が紹介された直後、慌ただしくVIP席の扉を開けたのはダイゴだった。ミクリは予想していた彼の行動に口角を上げた。するとダイゴは不服そうに眉根を寄せた。
「ミクリ、これはどういうことだ」
「どういうって見たままだよ。マコトちゃんをコンテストに推薦したんだ」
「…あのねェ、勝手にそういうことされたら困るんだけど」
「おや、どうしてだい?」
 優雅に微笑するミクリの表情には、意味深な色が入っていた。
 「まあ良いじゃないか。こんな機会、滅多に無いだろう?」彼は悪びれる素振りも無く言うと、手招きしてダイゴを自分の隣に座らせた。ダイゴはそんな彼に深い溜息を送った。
 大人しく隣に座ると、丁度選手がポケモンのアピールをし始めていた。ノーマルランクらしく初々しい選手とポケモンの表情に、ついダイゴは口許が緩んだ。「初心って大事だよね」ダイゴの表情を見たミクリが静かに述べる。その言葉にダイゴが返事をすることはなかった。
《続きましてマコトさんとキュウコンです!》
 ガタ、とダイゴは身を乗り出す。火を見るより明らかな態度にミクリは思わず笑った。
 マコトは中折れ帽をかぶっているので、上から観覧しているダイゴたちからでは彼女の顔は窺えない。しかし動きがどことなく固いことにダイゴは気づいていた。どうやらマコトは柄にもなく(ほんの少しのようだが)緊張しているらしい。しかしマコトは極めて冷静にキュウコンに指示をした。指示を受けたキュウコンは華麗に炎を噴き出す。その動きは舞を舞っているようだった。
《素晴らしい!あたたかい炎ととキュウコンの繊細な動きが儚い美しさを演出しています!》
 会場は大いに盛り上がった。
 それから何人か紹介され、全ての演目が終了した。いよいよ審査発表の時である。
《ポケモンコンテストノーマルランク・うつくしさ部門優勝者は…》
 パッと優勝者にスポットが当てられる。
《マコトさんとキュウコンです!》
 ワアアァァ…!と歓声が上げられる。それから盛大な拍手。相変わらずダイゴたちからはマコトの表情は分からなかった。
 発表を終え、マコトにはリボンが贈呈されコンテストは終了した。ダイゴとミクリは控え室の前でマコトが出てくるのを待つ。数分もしない内にマコトは部屋から出てきた。
「あ」
「おめでとうマコトちゃん!やはり私の目に狂いは無かった!」
「まさか優勝しちゃうなんてね…おめでとう、マコト」
「えっ何でダイゴさんが…リーグにチャレンジャー来てたんじゃないんですか」
「速攻で蹴散らしてきたんだってさ」
 ダイゴが答える前にミクリが言う。ちょっとミクリ!とダイゴは少し恥ずかしそうに彼を窘めた。
「…ま、今回は相手がすごく弱かったしね。なによりポケモンのことを信用し切れていなかった」
 慌てて付け加えるようにダイゴは言う。その言葉にマコトは彼をじっと見つめた。
「? マコト?」
「…はい?」
「あっ、あの!!」
 そんな時、マコトとダイゴの会話を割る声が響いた。視線をやった先には茶髪の女の子が遠慮がちにこちらを見ていた。
「今回優勝した人ですよね!?」
「え、ああまぁ…はい」
「あたしすっごく感動しました!今日のコンテスト、あたしも出てたんですけど貴女と貴女のキュウコンに全然敵わなくて…それどころか演技中に感動してしまって…とにかく凄かったです!」
「はあ…」
「今日はありがとうございました!優勝おめでとうございます!」
 それじゃ!と女の子は手を挙げて去って行ってしまった。
「…何だったんでしょう」
「ふふふ、マコトちゃん、やっぱりコーディネーターの才能あるよ」