14.それは窒息死してしまいそうな

 ダイゴとマコトちゃんが仲良くなったのは奇跡だと私は思う。
 マコトちゃんがツワブキ社長に引き抜かれるまで、ダイゴは荒れた生活を送っていた。荒れた、というよりも女遊びが酷かったと説明するほうが適切かもしれない。チャンピオンになり慌ただしい日々を過ごしていた彼は、ある日リーグ関係者からのお誘いで春を売るお店に行ったことがあった。それを皮切りに、ダイゴはストレスから逃れるように遊びに身を投じるようになった。私は昔の誠実な彼を知っていたから、当時の彼には目も当てられなかった。
 いい加減にしろ、そう咎めた時もある。だがダイゴは聞く耳を持たなかった。

 そんな時だった、マコトちゃんがシンオウからやって来たのは。

 ダイゴの周りに居る女性は、ダイゴの肩書きに擦り寄って来る人ばかりだった。いやたとえそうでなくとも彼が有名会社の御曹司だということもあり、頭が上がらなかった人も多かった。
彼はずっと独りだったんだ。
 そんな孤独な彼に、マコトちゃんは異質だった。
『いやね、私も最初は不安だったよ。マコトちゃんにダイゴを任せても良いのかと。しかし彼女の能力は素晴らしい。きっとダイゴを支えてくれると、半ば縋るような思いで彼女を引き抜いたんだ』
 後にツワブキ社長は私に語ってくれた。だがツワブキ社長がそう思うのも無理はない。私もマコトちゃんと初めて会った時、この子にダイゴを任せていいのか些か不安だった。それくらい彼女は他人に対して冷ややかだったんだ。だが根は真面目らしく、任せられた仕事はちゃんと遂行していた。それだけがマコトちゃんに彼を任せられる唯一の利点だった。

 きっと何も変わらないだろうな、前任の人と同じ道を辿るんだろうな…そんな感想を抱いて一週間ほどしたある日、ダイゴの様子が変わり始めていたことに気がついた。
 最近ダイゴさんノリ悪いんですよねー。彼をお店に誘ったリーグ関係者が、不意にそんなことを言ったのが始まりだった。そういえば彼は最近真面目に仕事をしている。私は関係者に言われ、改めてその変化を実感したのだ。
 ダイゴをそれなりに知っているつもりだったが、存外他人というものは冷たいものらしい。現に私はその変化を疑問に思うことができなかったからだ。悪い方向に変わってしまった彼を見たくなかったこともあり、当時の私とダイゴは以前よりも疎遠になっていた。しかしその関係者の言うこともあってか私は急に彼が気になり始めた。気づけば私は連絡を取っていた。

『やあミクリ、久しぶりだね』

 久しぶりに聞いた声は、妙に生き生きとしていた。どうしたんだいと訊ねると、そっちから電話してきたんだろう?そっちこそどうしたんだい、と訊かれた。それからくすくすとおかしそうに笑うダイゴ。
 私は呆気に取られた。ダイゴが普通に笑っている…そのことに驚きを隠せない。
 それからというもの、ダイゴの豹変振りは凄かった。いや、以前のダイゴに戻っていったと表現したほうが正しいだろうか。
 マコトちゃんのおかげだとすぐに察した。あんな冷ややかな人間がどうやってダイゴを立ち直らせたのかすごく気になった。だがいくら訊いてみても彼の口から出るのは惚気のような内容ばかり。どうやらダイゴはマコトちゃんに惚れてしまったらしい。おかしなこともあるものだと、私は心底驚いた。ダイゴなら女性に関しては選り取り見取りなのに、よりにもよって(と、言えば失礼だが)マコトちゃんを選ぶとは…やはりダイゴは変わり者だ。
《…でね、今日、マコトにオムライスを作ってあげたんだけど…》
 そして今日も、ダイゴは電話越しに惚気だす。あの子のことばかり話すダイゴ。
 恋は盲目とはいったものだ。ダイゴは何も見えていない。
《…ねえミクリ、聞いてる?》
「聞いてるよ。マコトちゃんにオムライス作ってあげたんだろう?」
 答えるとダイゴは満足そうな声音で続ける。
 本当は思っちゃいけないんだろうけど…つくづく怖いなあ、マコトちゃんって。