15.少し怖い季節

 昔…とは言っても私がシンオウのバッジを全て手に入れた頃、つまり2年ほど前、私はシンオウ地方最強のトレーナーと出会った。その人は長い金糸の髪を揺らして、綺麗な微笑を湛えていた。
「はじめましてマコトちゃん。オーバから話は聞いてるわ」
 “私はシロナ、よろしくね”綺麗な桃色の唇から洩れる名前。シロナさんが眩しくて、直視できなかった。自己紹介の時も私は俯いたままだったからデンジに窘められたのはよく覚えている。それを「良いのよ、マコトちゃんは人見知りなんでしょ?」と寛容してくれたシロナさんに、どんどん罪悪感と焦燥感みたいなモノが身体の中に広がった。怖くなってデンジの後ろに隠れる。
「マコト、挨拶する時はちゃんと目を見ろって言ってるだろ?」
「ふふ、デンジはお兄さんみたいね」
「まあ実際そんなモンだから」
 仲が良いんだ、デンジとシロナさんは。その事実に何故か分からないけど疎外感みたいなモノを感じた。
 今日シロナさんがナギサシティに訪れたのは、ジムリーダーとしての務めをサボってばっかなデンジを叱りに来たらしい。デンジはその事実にかなり嫌そうな顔をした。
「マコトちゃん、デンジのことよろしくね?あんまりサボってばっかだったら貴女のジュカインのリーフブレードかましても良いから」
「ちょ、それはやめろ」
 ――仲、良いんだな。
 それからシロナさんは小言をデンジに降らせてから、ナギサを観光して帰ると言った。
「…シロナ、さん」
 その時、私は初めて彼女に話しかけた。
「バトルしてくれませんか」


 『こんなに本気になったの、いつ以来かしら!』シロナさんはバトル中、そんなことを言ってくれた。
 バトルは混迷を極めていた。私もこんなに一生懸命になったバトルは初めてだった。脳細胞が今までに無いくらい慌ただしく働いているのが分かる。
 六対六のフルバトルで、私とシロナさんはそれぞれ残り一体ずつという非常に面白い状況になっていた。視界の端に映るデンジが驚愕の表情を崩さないことがおかしかった。
 確かにお互いの力量が拮抗していて良いバトルだったけど、端的に言えば私はシロナさんに負けた。ギリギリで、互いのポケモンがあと一発の攻撃が限度でという状況で。負けたとはいえチャンピオン相手にしてはとても良い結果だったとは思うけど、私は負けた要因が分からなかった。場数の差なのか単にポケモンの力量を測り間違えたのか。
「…お疲れ様です」
 今までに無いくらい疲労しているルカリオをボールに戻す。ルカリオは申し訳ないような表情をしていた。
「マコトちゃん」
 ルカリオの様子を見ていたシロナさんが、不意に私を呼ぶ。
 そういえばシロナさんもルカリオを持っていたな。
「貴女がどうして私に負けたか、分かる?」
 そう訊ねてきた時のシロナさんの顔は、すごく真面目な顔だった。思わず怖くなる。何か、いけないことをバトル中にしてしまっただろうか。デンジのほうを見るけど、助け舟を出してくれそうにもなかった。
「…分かりません」
 素直に告白した。この人には何か言い取り繕っても無駄だと思った。
「それが分からない内は、私には勝てないわ」
 がつんと、鈍器で殴られた。そのくらいの衝撃が頭にあった。何が敗因だったのか…場数?能力差?相性?レベル?どれを思い浮かべてもピンとこなかった。
 私が頭を悩ませているのが見て取れたのか、シロナさんは笑った。
「大丈夫。貴女は頭が良いもの。きっと気がつくわ、大事なことに」
 そう言った後、シロナさんと私のポケモンを回復させてナギサシティを観光した。シロナさんは空が真っ赤になるまでナギサシティに滞在した。
「…ね、デンジ」
 シロナさんの乗った船が出港した後、私は隣に居る彼に話しかけた。
「どうして私は、シロナさんに負けたんですか」
 訊いても、デンジは中々答えてくれなかった。ただ気まずそうな顔をして私を見つめるだけ。
 だけどたった一つ、デンジは言ってくれた。
「それはお前が気づかなきゃ駄目だ。他人に言われて気づいたって、お前はシロナには勝てねェよ」
「…?」
「大丈夫だ。必ずお前は気づく」
 デンジが私の頭を撫でる。デンジの手は大きくて好きだ。機械弄りばっかしてる、少し傷のある手。
 それから数日後、シロナさんは再び私の許へやって来た。シンオウ遺跡の調査チームへの勧誘を目的に。