17.言葉にはまだできない

 くしッ、という可愛らしいくしゃみの音に、ルカリオは顔を上げた。
「ゥ…?」
「ああ大丈夫ですよルカリオ。きっと誰かが噂でもしてるんでしょー」
 心配そうなルカリオの頭を撫でる。それからマコトは時計を見て時刻を確認した。
「お昼ですねー」
「がう!」
「ダイゴさん帰ってきませんねー」
「…ウー」
 彼の名前を出した途端ルカリオは心底どうでもいいような顔つきになった。ルカリオはダイゴをあまり好いていない。
 十二時半、それが今の時刻だ。ダイゴの帰りを待つには、お腹が文句を言いそうな時間帯である。だからといってマコトに家事をさせるのは危険だということを、彼女自身が一番よく分かっていた。
「んー…でもなァ」
 先日お昼を作ってくれたという恩もあり、ダイゴの帰りを待つのは些か現金な奴ではないかと考える。
「作りますか」
「ッ!?」
「…ルカリオ、そんな驚いたような顔しないでくださいー」
 切る、煮る、焼く。このくらいの作法ならマコトもできる。だが先日の件もあり、マコトはオムライスを作ってやろうと考えた。せめてものお礼のつもりだ。
 ―――が、それがいけなかった。


「これは…困りました」
「ぐぅー…」
「ルカリオの所為ではありませんよ、気を落とさないでください」
 時刻は十三時を僅かに過ぎている。先程ダイゴからのメールでもうすぐ帰ってくることが知らされた。それはまあ良い、いややはり駄目か。そう自問自答して、目の前にある少し茶色がかった黄色の物体を凝視する。味はおそらく大丈夫な筈なのに、不安が拭えない。  
「ただいまー」
「!!」
 リビングのドアが開かれる音、その刹那にはダイゴの声。
「あっ、えっおかえりなさい…」
「? 何か作ってるの?」
「いやこれはその…」
 匂いに気づいたダイゴが他意は無く、キッチンに近づく。その道をマコトは慌てて塞いだ。
「これはあの、えっと…」
「たまご焼いた匂いがするね」
「お、オムライスを作ったんですけど」
「そうなの!僕の分ある?」
 あります、と答えればダイゴは満面の笑みで「やったぁ!」と喜んだ。その喜びようにマコトの肝はどんどん冷えていく。
「あのでも、ちょっと酷い出来なんで」
「出来なんて関係ないよ。マコトが作ってくれたことに意味があるんだよ」
「や、あのこれ食べたら多分死にますんで。私刑務所送りになるの嫌なんですけど…」
「どれだけ自分の料理を下卑してるの!?」
 彼が思わずツッコミを入れたが、マコトはダイゴの前から退く気はなかった。彼は右に身体を移動すれば、同じくマコトも移動した。一瞬間が空いて右、左、右、左…。
「…マコト、僕に食べさせる気無いでしょ?」
「……、」
「目を逸らさないの」
 ダイゴは苦笑すると無理矢理マコトを退かした。
 お皿に盛られたオムライス。だがそれは先日ダイゴが作ったオムライスとは程遠かった。ご飯を包むたまごは少し焦げて、端が破れている。全体的にはご飯を包めているものの、たまごの下からポロポロとケチャップご飯が垣間見えた。
「…」
「だ、ダイゴさん…」
 これ以上無いくらい、声が震えた。
「…、ふふっ」
「!?」
「ありがとうマコト、すごく嬉しいよ。さあ早く食べよう、冷めない内に」
「あ、はい…」
 微笑まし気な表情のダイゴに、マコトは少し面食らってしまった。ダイゴのその表情は嘘偽りなどない。本当に嬉しそうだ。
 その日のお昼は不恰好なオムライスを二人で食べた。マコトの舌に、熱いご飯が沁みた。