目元を刺激する何かにより、マコトは目覚めた。自分はベッドで寝かされているようだ。首だけ動かして辺りを確認するが、どうやら自分の寝室ではないらしい。くん、と布団を匂うと、ダイゴの匂いがした。
「…ダイゴさん?」
怠い身体を起こし、名前を呼ぶが返事は無い。マコトはテーブルに置いてあるモンスターボールを投げた。
「がうっ!」
「あー…おはよーございます」
マコトを見た途端、ルカリオはマコトのお腹に飛びついた。その素早い動きにギリギリで反応したマコトはある意味すごい。
「ルカリオ、心配かけましたねー」
「ゥー…」
「大丈夫です」
ポンポンを頭を撫でると、ルカリオは甘えたように額をマコトの胸元にすり寄せた。
「それでルカリオ、ダイゴさんは?」
マコトが訊くと、ルカリオは困ったような顔をした。そこには休んでほしいという思いがありありと出ていた。しかし仮にも上司であるダイゴの寝室で堂々と休むわけにもいかない。マコトは手早く着替えると、ルカリオをボールに戻して彼の家を出る。そして今度はムクホークを繰り出した。
「カナズミシティまでお願いします」
「ホーッ!!」
任せろと言わんばかりにムクホークは大きく羽根を広げた。
一方その頃、カナズミシティにあるデポンコーポレーションの社長室には、沈痛な面持ちのダイゴとムクゲが対面していた。父がこんなにも真剣な理由など、ダイゴは分かり切っていた。
「…親父、今回の件、マコトには何の非も無いんだ」
「だから?」
「……、処罰なら僕だけで充分だ」
マグマ団に奪取された隕石…あれは、超古代ポケモン・グラードンを復活させるであろう代物なのだ。それと引き換えにマコトを助けた。言葉は綺麗だが、これは完全にダイゴのエゴだったのだ。
「…ダイゴ」
ムクゲの重い声音が降りかかる。
「よくやった!」
「…………は?」
拳を握って待ち構えていたムクゲの言葉は、ダイゴが予想していたものとはまったく違ったものだった。
唖然とするダイゴの肩を、ムクゲはバンバンと叩く。
「いやあ、お前はてっきりもやしっ子だと思っていたんだが…大事な女性をちゃんと護るだけの器量があったんだな!父さん、心配して損した!」
「え、あ……は?はぁ??」
素っ頓狂声をあげるダイゴとは対象的に、ムクゲは上品な微笑を浮かべている。
「確かにマグマ団に隕石を奪われたというのは痛い事実。だが奪われたのなら取り返せば良いだけの話だ!」
「…親父って意外と楽観的なんだね」
「そうか?」
ムクゲは笑う。その笑顔にダイゴもつられて笑い返した。が、すぐさまその笑顔は引っ込み、真面目な顔に戻る。
「でもマグマ団がまたこちらに接触してくる可能性はある」
「うむ…どうやら奴らはマコトちゃんが所持しているパソコンのデータも狙っているようだな」
「あのパソコンにはゲンシカイキやキーストーンについての研究資料が入っているからね」
たとえパソコンを立ち上げることができなかったとしても、奴らがマコトを捕らえて情報を吐かせるような真似をするとしたら…考えただけでも悪寒が背中を走る。
焦るダイゴに、ムクゲは厳しい目を向けた。
「どうするつもりなんだ」
「…僕は……マコトを失いたくないんだ」
独り言のように言うダイゴに、ムクゲはただただ心配の念を抱いていた。
それから十分ほどで父との対談を終えた。ダイゴはデポンを出て、マコトの家へと向かう。因みに今彼女が住んでいる家は元々ダイゴが仕事用に使っていた事務所を改造したところだ。
ダイゴが彼女の家に行く目的は、彼女の日用品を取りに行く為である。しかしここで思い至る。さすがに下着類に手を付けるのは拙いか、と。どうしようと悩んだその時、ふと自分に影がかかった。
「ダイゴさーん」
「マコト!?」
ムクホークが頭上を旋回している。それがマコトのムクホークだと気づいた刹那には、ムクホークはダイゴの隣に降り立った。
「寝てなくて良いのかい?」
「そんな大した怪我してませんよー」
「でも…スタンガンを当てられたんだろ。痛かっただろうに」
眉を顰めるダイゴに、マコトは胸に何かが閊えた感覚を抱く。
「…ダイゴさーん」
「取り敢えず僕の家に来てくれないか」
有無を言わさぬ彼の声音に、今度はマコトが眉を顰めた。
カナズミシティとトクサネシティはかなりの距離があるが、鳥ポケモンに乗って行けばそう時間はかからない。マコトたちはニ十分分ほどでトクサネシティに到着した。ダイゴの家は北西の端にあり、人にすれ違いながら進まなければいけない。「なんだか雨が降ってきそうな天気ね」「嫌だわ、私、洗濯物干しっぱなしなの」主婦方の会話をなんとなく聞きながら、マコトは空を見上げる。確かに先程の青空とは違い、鈍色の雲が歩み寄っていた。
ダイゴの家に辿り着くころには青空は一切無く、鈍色に侵食されていた。
「あの…」
「今回奪われたものはグラードンを復活させるだろうと推測される隕石…それは知ってるね?」
唐突に始まった話題にマコトは言葉を詰まらせる。
「そしてマグマ団はデボンの情報までも奪おうとした…」
ダイゴは震えそうな声を必死に固くした。真意を悟られてはいけない。
「マコト…また君が襲われたら厄介なんだよ」
その言葉にはどれだけの意味が含まれてるのだろう。言葉を紡いだダイゴでさえ、頭の奥が麻痺したかのように動かなくなる。
暫く沈黙のみが辺りを支配する。息を詰めた空気の中、ダイゴの心臓は煩いくらいに鼓動していた。
気づいてくれ、と心のどこかで思う。
「…そうですね」
不意にポンと言葉を投げかけられる。 「…!」ひゅ、とダイゴの喉に空気が通った。マコトを見るとフローリングに視線を向けたまま、無表情でいる。彼女は鞄からパソコンを取り出してテーブルに置いた。それからポケットの中に手を突っ込んで、ダイゴの家の鍵をパソコンの横に並べる。
「…ありがとうございました」
綺麗なお辞儀をして、マコトは部屋を出る。ダイゴは暫く、茫然と立ち尽くしていた。置いていかれたパソコンと鍵の存在が、どうしようもなく彼を責め立てていた。
「…ムクホーク、行けますか」
「ホー…」
ダイゴの家を出たマコトは、大雨の降る空を無気力に見つめた。
フードをかぶってムクホークの背に乗る。雨がフードに包まれた頭に打ち付ける。だがそんなこと、なんだかどうでもよくなった。
どこかの家に干してあった洗濯物は、ずぶ濡れになっていた。