24.潤いを与えて

 怠惰な姿の彼女が、僕の部屋を占領していた。彼女は僕のデスクに顔を乗せて遠くを眺めている。とは言ってもその視線の先は白い壁なんだけど。座っている椅子は彼女にとって少し高かったらしく、足が床にギリギリ着いていなかった。
「どうやってここに入ったんですかー」
「ハッキングー」
 ヒクリと、自分の表情筋が歪に動いたのがよく分かった。こいつよく堂々とそんなこと言えるな。そう心の中で悪態をついたけど、僕も以前彼女の家のドアをピッキングしたことあったから同じようなものかと思って声には出さなかった。
「いつ帰ってきたの?」
「んー…一週間くらい前ー」
 いつもより声に抑揚が無い。まあ彼女が無気力なのはいつものことなんだけど…。
「何かあったんですか?」
「…、別に…なんでもないですよ」
 その割には死んだ声出してるね。そう言うと彼女は拗ねたようにこちらに顔を向けた。うわ、やる気の無い顔。目死んでるよ。
「マコト」
「…」
「バトルしに来たんですか?」
「違いますーそんな気分じゃなーい」
 あーあ、寂しそうな目しちゃって。一体誰だよマコトにこんな目させてる奴。僕のポケモンで一瞬で灰にしてやろうか。
 マコト、ともう一度呼ぶと、彼女は煩わし気に僕を見た。
「…行きましょう」
「…え、どこに…」
「いいから立って」
 向かう先はトバリのゲームセンター。こういう時は遊ぶに限る。
「ちょっ…ネジキ!」
 ああ久しぶりに聞いたなその声。僕の名前を呼ぶ声。
 僕はムクホークをボールから出した。有無を言わさずマコトをムクホークの背に乗せ、僕らはトバリへ向かった。
今日は特別に、余計なことは言わないであげる。

 で、ところ変わって僕とマコトはトバリのゲームコーナーに来ているわけなんだけど…。
「もう一回です」
 マコトが負けず嫌いな性格だってのを忘れていた。シューティングゲームで僕とマコトは今引き分けな状態。一進一退の勝負をさっきからずっと続けてる。僕もマコトにだけは負けたくないから、僕が負けたら僕が「もう一回」って言う。マコト、さっさと負けを認めたら良いのに。このままじゃ勝敗が決まらない。
「いい加減負けを認めたらどうですかー」
「それこっちのセリフ、ねッ」
「! あー…」
 マコトの眉間に皺が寄る。
「ねー、次は違うので遊びましょーよ」
「……それだと私が負けたままみたいじゃないですか」
「じゃあ違うゲームでの勝敗もこれに換算すればイイじゃないですか」
 このゲーム、飽きてきたんだよね。
 いまだ納得してないマコトをムリヤリ引っ張って違うゲームに移る。今度はリズムゲーム。
「リズムゲーム、ですかー」
「苦手?」
「まさか」
 マコトって頭イイくせに変に単純なんだよなー。
 前方の画面にAre you ready?の文字が並ぶ。このゲームは他のリズムゲームとは違って唯一足を使ったゲームで、上下左右の四つのパネルを踏んでプレイする。だから他の機種よりも体力が要る。そう…体力が要るんだ。
「はッ、…」
「…ネジキ、息上がってますけど…ッもう無理なんですかー?」
「はあ?そんなこと、ないし…ていうかッ、君だって呼吸しづらそうだけどー?」
「私、これでも旅してきたんですよー?君みたいな…もやしっ子相手に、先にギブアップわけないじゃないですかー」
「はあ?もやし?誰が!?」
 むかつく!確かに僕は君ほど外出してないけどもやしは無いだろ!
 怒り心頭した僕は、それから暫く、マコトと体力の削り合いをしていた。あまりの長さに観客はできていた。見世物じゃないよ、僕ら。



「……、疲れました」
「確かに…」
 あんなに動いたの久しぶりかも。
 ゲームコーナーから少し離れた場所に設置されているベンチに、二人で腰をかける。騒がしいコーナーから隔離されたここは、世界が違ったような感覚を受けた。
「…あ。ねえ」
 不意に、缶ジュース片手にマコトは言う。
「ダークライどうしてますか?」
「ああ…仲良くやってるよ、なんとか」
 以前、マコトから急にダークライを預かってほしいと言われてから、僕は彼となんとか心を通わせようと必死に努力した。その努力の甲斐あって、マコトほどじゃないけどダークライとは仲良くできている。ダークライは内気な性格だけど慣れれば向こうから話しかけてくれるから、そんなに取っ付きにくいわけではない。
「他のポケモンたちとも上手くやれてますか?」
「まあまあかな」
「…そうですかー」
 マコトが珍しいきのみを求めて訪れたしんげつじま。そこで彼女はダークライと出会い仲良くなったわけなんだけど、しんげつじまからマコトが帰る時に、ダークライはマコトに帰ってほしくなかったらしく、駄々をこねたそうだ。それで提案ということで僕のところに来ることになった。ダークライは伝説のポケモンだし、一般トレーナーが手持ちとして持つには問題が多々ある。
「今度会いに行っても良いですか?」
「勿論」
 間髪容れずに答える。僕の回答にマコトはちょっとだけ微笑んだ。