この地を踏むのはニ年ぶりだろうか。先程の町並み、喧噪から一変、怖いくらいに静かなこの場所は、生者が留まるべき場所ではないと無音で警告している。ここに住む者は、既に命を落とした者だけだ。
マコトは実に緩慢な動きで階段を上る。途中トレーナーに勝負を挑まれたがそんな気分では無いと断った。彼女の手に持っている物を見ると皆、素直に引き下がった。
「…お久しぶりです」
綺麗に整えられている灰色の石に向かって話す。ニ年もここに訪れていないのに綺麗なのは、管理人が定期的に手入れをしていてくれたからだろう。
マコトは持っていた花束と彼の好きだった味のポフィンを置く。彼は、行ったこともないソノオタウンが好きだった。否、正確にはソノオタウンにあるような花畑が好きだった。
最上階にはマコト以外誰も居ない。今日は平日だからだろうか。理由がどうであれ今この場にたった一人だということは、マコトにとってありがたかった。
「シンオウはやっぱり良いですね、落ち着きます。ちょっと寒いけど」
ホウエンの暖かさに慣れてしまっていたのか、シンオウに帰って来た時、少し肌寒かった。
それからマコトはホウエン地方について色々話した。彼にもっと、世界のことを知ってほしかったから。
彼が居なくなって四年ほど経過している。それでもマコトの心の空白が埋まることは決して無かった。簡単に零れてしまったそれに、マコトの心は刃のように鋭くなった。
まだ靴が綺麗だった頃、何度も振り返った。振り返っては冷たい風が通り過ぎるのを待った。どこにも無いその姿に、いつしか彼は幻想ではなかったのかと思い始めた。
そんな筈はないのに。彼はこの腕の中で居なくなって、自分は居る。
“喪失感”
二度目だった。もう一度この痛みから立ち直らなければいけないと思うと、どうしようもなくつらかった。白い森に逃げたかった。一人だけで、もう、なにもかも投げ出したかった。
だがそんな時、人間ではない手で、頬を叩かれた。その赤い瞳が、泣いていた。その瞬間、マコトの心が急速に落ち着きを取り戻していった。そして自分が今まで何をしていたのかと悔恨に揺れたのだ。
自分まで失うわけにはいかない。自分が居なくなれば、この子たちはどうなるのだろう。
それが分からぬ程、マコトは子供ではなかった。
『大丈夫、まだ歩ける』泣いている赤い瞳に伝えた。すると赤い瞳はただつらそうに笑った。ごめんなさい、ありがとう―――そう言っているようだった。
「―――また来ます」
マコトは微笑して立ち上がる。灰色の石は無言で彼女を見送った。
ずっとずっと歩き続けていた。彼女は歩かなければいけない。彼に歩調を合わせるわけにはいかない。
だけど、と。マコトは心の中で呟く。(今日くらいは、遅く歩いても良いよね…)