27.不完全燃焼の心

 ロッジ風な造りの家。戸を開けると、懐かしい木の匂いがした。ズイタウンにある、ブリーダーとして使わせてもらっていた家。そこは育て屋のおじいさんとおばあさんがどうやら掃除などしていてくれていたようで家具などは埃を被っていなかった。
 マコトは手持ちポケモンを全部出す。皆、久しぶりのロッジに羽を伸ばした。ジュカインは浮かれて次々に部屋を出たり入ったりしている。
「…後でお礼にいかなければいけませんね」
「がう!」
 唯一彼女の独り言を聞いていたルカリオが返事をした。ルカリオを一瞥したその先、不意にマコトの視線は落ち着きの無いキュウコンに留まった。
「ああそうそう、そういえばキュウコンは初めてでしたよねー、ここ」
「キュウ」
 キュウコンは一匹であちこち家の中の匂いを嗅いでいる。因みに彼女のブレーキ役であるミロカロスは、既に自分のお気に入りの場所である庭の池に直行していた。
「キュウコン、ここは私がホウエンに行く前に仕事をしていた場所なんですよー」
「キュ?」
「仕事は主にブリーダーとしてなんですけど…言ってもよく分かりませんかね」
 話を止め、マコトはキッチンの棚を開ける。賞味期限切れのポケモンフーズなど分別しなければいけない。ここを空ける際にある程度処分やトレーナーに贈与などしたのだが、やはり残っている物は残っている。
「あ、これいけるかも。ルカリオ、食べてみてください」
「!?」
 黄ばんだ紙に書かれた日付。まだ二ヶ月ほど余裕だ。
 ルカリオは差し出されたフーズを渋々といった感じで口に入れた。
「!」
「大丈夫でしょ?私のブリーダーとしての腕を舐めないでもらいたい」
 フフフ、と口許だけ歪ませるマコトは誰が見ても悪どい笑みだと思う。
 キュウコンは興味があるようで箱に顔を突っ込んで勝手に食べ始める。どうやら美味しいようでバクバクと遠慮無く食した。
「ブリーダー業、再開しましょうかねー」
 ポケモンたちに囲まれて生活していた当時の記憶が、蘇る。
「ねえルカリオ、後できのみを集めに…、」
 マコトが彼に話しかけた直後、ピンポーンとインターホンが鳴った。ここに訪問者が来るのは珍しい。デンジか育て屋夫婦、或いはネジキだろうかと首を傾げる。
「はい、どちら様で…」
 戸を開けて訪問者を見た途端、マコトは呼吸を忘れた。「やあ」笑顔の彼にマコトまでつられて口角をあげる。
「ゲ、ゲンさん…」
「久しぶり」
「お久しぶりです。どうしてここに?」
「育て屋夫婦にマコトがこっちに帰ってきているって偶然聞いたんだ」
「そうだったんですか。立ち話もアレなんで…どうぞ」
「お邪魔します」
 人懐っこい笑みを一つして、ゲンは敷居を跨いだ。
 リビングに迎い入れるとすぐさまルカリオがゲンの許に歩み寄った。《お久しぶりです。ゲンさん》ルカリオは波動で伝える。
「久しぶりだね、ルカリオ」
 穏やかな微笑を浮かべるゲンに、ルカリオははにかむ。ゲンは不意にモンスターボールを取り出して、あるポケモンを出した。
「ゲンさんのルカリオ、また一段と逞しくなりましたね」
「そうかい?」
「ちょっと見てない間に…」
 ゲンのルカリオに真剣な眼差しを向けるマコトは、誰が見てもブリーダーの姿と捉えるだろう。
「おや、“アオイ”…私のルカリオに嫉妬したのかい」
「グ…!」
 “アオイ”とはマコトのルカリオのニックネームである。ニックネームとは一般的にトレーナーとパートナーを繋ぐ鍵のような役目をしており、いわば相互の秘密事のようなモノだ。それを何故ゲンが知っているのかというと、元々ルカリオ…アオイはゲンから貰ったタマゴから孵ったポケモンであり、ゲンには知る権利があるとマコトが思ったからだ。それにお互いルカリオがパートナーだということもあり、種族呼びだと混乱を招くことがあるというのも理由の一つである。従ってマコトがルカリオを名前呼びする時は二人だけの時か、或いはゲンとゲンのルカリオが居る時のふたパターンしかない。デンジにさえマコトはルカリオの名前を教えていないのだ。
「そうなんですか?アオイ」
「が…がうっ」
「あ、逃げた」
 図星だったかは定かではないが、頬を赤らめてアオイはそそくさと庭に出て行ってしまった。怒らせたかな?とゲンは笑顔で言う。
「そんなことは…あ、お茶出します。座ってください」
「おや済まないね。手伝おうか?」
 笑いながらそう言ったゲンに、マコトは「お茶くらい淹れられますよ」と少しばかり不貞腐れて答えた。ゲンはマコトの料理の腕が壊滅的なことを知っている。
(そのくせ、ポケモンフーズやポフィンに関しては上手なんだよねえ)
 矛盾している彼女の腕に、ゲンは一人無音で笑った。
「どうぞー」
「ありがとう。おや、これは?」
「ホウエンのポロックというポケモン用のお菓子です。こちらでいうポフィンのようなものです」
 どうぞ、とルカリオに渡すとルカリオはにっこりと笑ってポロックを口に含んだ。ポフィンとは違いポロックは固く、噛むとコリコリと音が鳴る。
「色んな味があるんで食べてくださいね」
「私も頂こうかな」
 マコトが肯定の意を唱える前にゲンは桃色のポロックをひょいと口の中に放り込む。
「甘くて美味しいね」
「ありがとうございます…ルカリオは?」
「がうっ!」
 ニコッと笑ってみせるルカリオに、マコトは安堵したような表情を見せた。
「ところでマコト」
「はい」
「どうしてシンオウに帰ってきたんだい」
 何気無い質問に、マコトの動きが止まる。ゲンの目元は意味深な色を浮かべている。なんとなく、彼は察しているのだろう。
「ダイゴと何かあった?」
「………、いえ、別に」
「…ふうん」
 それ以上ゲンは詮索してこなかった。マコトから出された紅茶を飲む彼は、どこか浮かない顔だった。