33.おとしもの

 室内は妙な緊張感に包まれていた。どんな些細な音さえ許さず、身動き一つ取れないようなものであった。
「でさ、何でダイゴがここに?」
 空気を読まないのかはたまた読めないのか、どちらかは分からぬが、突然の来訪者・ゲンによってその緊張感は壊される。頼むからあまり余計なことを口走るなよ、とオーバは祈りながらそのやり取りを静観した。
 ゲンの質問にダイゴは少し強張った面持ちで話し出す。
「勿論マコトに会うためさ」
 ダイゴの言葉にデンジが舌打ちをする。ビクリ、マコトが僅かに身じろいだ。
「お前に会う必要なんかねえよ」
「それを決めるのは君じゃないって言ってるだろ」
 またもや口喧嘩。
「はいはいお前らやめろって」
「オーバは黙ってろ」
「…あのなあ、頭に血が昇った奴を放っておけるかよ。ダイゴも落ち着けよ」
 デンジはあからさまに苛立っている様子だが、ダイゴは一見すれば分からない。だが焦燥感を無理矢理奥底に沈めているのはよく分かった。彼は彼なりにこの事態を重く受け止めているのだろう。
 マコトの傍らに居るレントラーはこの雰囲気が落ち着かないようで、立ったり座ったりを繰り返していた。ポケモンのこういう姿を見ていると申し訳なくなる。人間共が勝手に喧嘩してごめんな。とオーバは内心レントラーに謝りながら、やんわりとデンジとダイゴの間を割って入った。
「ダイゴは何でマコトに会いに来たんだ?」
「…謝るためだよ」
 少し俯いて答えるダイゴ。しかしデンジの背後に居るマコトからではそれを確認できなかった。
「あのね、僕、あんな酷いこと言ったけど本当は―――」
「要は」
 ダイゴの言葉を遮り、デンジは言う。
「自己欺瞞…ってところだろ」
「おいデンジ!!」
「いや、彼の言う通りだよ」
 自虐気味にダイゴは微笑む。
 自分の本当の思いを知りながらあの決断を自分に対して無理に正当化した。その上自分の本心を彼女に知ってほしいとさえ思っていたのだ。自己本位すぎる。
「マコト、自分勝手でごめん。だけど僕が、君ともう一度一緒に働きたいと思っているんだ…」
 ―――バタンッ。
 ドアの閉まる音。ゲンの隣に彼女は居ない。「えっ…マコト?」これには流石にオーバもデンジも驚きを隠せない。
ダイゴも思わず口を開けたまま硬直していた。振られちゃったね、とゲンがおちゃらけたように呟いた言葉が、ひたすら虚しく室内に響いた。刹那にはゴツンッと鈍い音がした。
「痛いなあ、何するんだい」
「お前は黙ってろ!」
 顔面蒼白のオーバがゲンの頭を殴っていた。   
「何でマコト、出て行ったんだ?」
「俺が知るかよ…」
 オーバの問いも、デンジはお手上げというように両手を挙げた。何はともあれ、あんなマコトを見たのは初めてだった。あんなにも冷たい背中を見たことがない。
「うーん、耐えられなかったんじゃない?」
「は?どういうことだよ」
 未だ微笑んだまま言ったゲンに、オーバは怪訝な視線を送る。
「いやだからぁ、自分を中心に据えて話されるってのが耐えられなかったんじゃない?」
 はあ?と思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。三人共ゲンに注目する。 
「ほらあの子って結構他人を顧みないでしょ?」
「まあそうだけど…」
「マコトってこういう空気嫌いだしね」
「…つか、何でお前がそんなこと知ってんだよ」
 デンジの訝し気な問いに、ゲンはちょっと笑みを暗くした。
「いやあ、だってアブソルの時の彼女、あんな感じだったし」
「………は?アブソル…って…何の話だ?」
「え?…あっ、もしかして知らないのかい!?」
 失言だったとゲンは慌てて口を押さえる。ガッ!とデンジは彼の胸倉を掴んだ。「どういうことだ?何の話だよ」はぐらかすのは許さない声音で問い詰める。言いたくないのかゲンは気まずそうに瞳を逸らした。 
「デンジ、その話は取り敢えず後だ」
「…ッチ」
 ゲンの胸倉を掴む彼の手をやんわりと離し、オーバは内心溜息をつく。それからオーバはダイゴに今日泊まるホテルはあるのかと問うた。それはもう手配済みならしく、心配ないという返事がくる。
「デンジ、今回俺らは口だしすんのナシにしようぜ」
「はあ!?何で…」
「マコトが心配だというお前の気持ちは分かる。でもな、これは二人の問題なんだ…俺たちが口出しして良いわけじゃない。やっぱこういうのは本人たちで決めさせるべきだよ。お前が居たんじゃマコトは何にも言えないし」
 未だに噛みつきそうな勢いのデンジにオーバはぴしゃりと言い放つ。的を射た彼の発言にデンジはグッと詰まった。今回ばかりはデンジの負けだ。
 まだ言いたいことは山ほどありそうだがなんとか納得したデンジにくるりと背を向け、今度はオーバはダイゴと対峙する。
「良いかダイゴ、ちゃんと素直な気持ちを伝えるんだぞ。あいつは頭は良いけど事務的だからな…感情的なモンは苦手なんだ。だからかなり直球にいったほうが良いぞ」
「分かった。……ありがとう」
 少しホッとしたような微笑を浮かべるダイゴに、オーバは元気づけるようにニカッと笑ってみせた。