34.反撃開始

 オーバに励まされたものの、正直なところダイゴはかなりへこんでいた。マコトとやっと再会したのに目を合わせる余裕も無く、それどころか話の途中で退室されるという事態。これでへこまない人間のほうが珍しい。
 ナギサの海をぼんやりと見つめていると不意に背後からツカツカと足音が聞こえた。その足音はダイゴの背後まで来るとピタリと止む。ゲンだろうか。
 「あー…」気まずそうに流れた無意味な音は、ゲンのものではなかった。この音の持ち主をダイゴは知らない。困惑して振り返ると、そこには老竹色の髪の青年が立っていた。この青年に見覚えは全く無い。しかし彼は明らかにダイゴに用があるように窺える。
「…あのさ」
「は、はい?」
「あ…やっぱ分かんない?俺のこと」
「どこかでお会いしたことあります?」
 少し警戒して訊ねると、青年は落ち込んだような顔をした。「そうか…やっぱ分かんねえよな、うん。ごめん」ダイゴは彼のために座っていた場所から少しずれる。どうぞ、とスペースを空けると青年は素直に彼の隣に座った。それから青年はあーだのうーだの唸りながら、ダイゴを見やった。
「あんな」
「はい?」
「すっっっげーショックだったんだよ!!」
「は…はあ?」
 いきなり力を込めて言ってのけた青年に、ダイゴは怯む。一体何の話だ。そもそも誰がショックを受けたというのだ。
「別に怒っているわけじゃなくて、ただショックだったんだよ。だからアンタが来てくれた時はきっと動揺もあっただろけど嬉しかったよ、多分」
「あの、何の話ですか?」
「だからお前、もう好きって言っちまえよ!!」
 ピシリ。青年の言葉を聞いた途端、ダイゴは石化した。「な…にを、言ってるんですか」漸く吐き出した言葉は笑えるほど震えていた。青年はごまかしを許さないように彼の肩を掴む。黒に不思議と黄色が混ざったような奇妙な色をしている青年の瞳は、怖いくらいに真剣だった。
「お前このまんまで良いのかよ!あいつのこと手っ取り早く連れ戻すにはそれが打ってつけだろ!?」
「き、君に何が分かるんだよ!」
「分かるっつーの!だってスイヒとかアオイたちと一緒に見守ってきたんだ!分からない筈がない!」
 『一緒に見守ってきた』…?それはどういう意味なのか。
「君は一体…」
「………あっ。ごめんもう行かないと!」
「は!?ちょっと待ってよ!」
「悪い!じゃあなダイゴ!健闘を祈る!!」
 ダイゴの制止を振り切り青年は早々と去って行った。
 老竹色の髪。不思議な瞳。そしてあの励まそうと必死な人柄。誰かを思い出せそうで思い出せない。暫く彼に対して頭を悩ませていたダイゴだったが、彼の励ましの言葉が鼓膜に蘇ったので思考を中止した。今自分がやるべきことはそんなことではないのだから。



「何をなさっていましたの?」
「…それはー…ね、うん」
「素直に言ったほうが楽になるぞ、シイナ」
「ちょ、トキ怖い」
 先程ダイゴと話していた老竹色の青年は、裏路地で正座をしていた。しかも彼の目の前には婦人と呼ぶべき麗しい女性と眉目秀麗な青年が仁王立ちしている。この二人は顔の造形が整っているのに、今は視線だけで人を殺せそうなくらいの表情をしているので台無しだ。
 青年・シイナは視線を彷徨わせながら怖々と語りだす。
「いやね、やっぱマコトはダイゴのところで仕事してるのが良いと思うんだ」
「寝るのは家についてからにしてもらえます?」
「寝言は寝て言えってか!!」
 婦人・スイヒは呆れた表情でシイナを見る。その視線には最早侮蔑の色さえ浮かんでいた。シイナは恐怖で身体が震えあがる。「まあ待てスイヒ、シイナはシイナなりに考えたのだろう」ここで彼に助け船を出したのはムクホークのトキだ。
 トキがシイナの肩を持つのが気に食わないのか、スイヒの眉間には皺が寄る。
「不快ですわ」
「…ご、ごめん。でもスイヒ、マコトはダイゴと一緒に仕事するの好きだし、やっぱ本人の為には…」 
「俺もそう思う」
「トットキィィイ!お前もそう思ってくれるのか!」
 スイヒはトキの服の裾を掴んで涙を浮かべる。やめろ掴むなとトキはやんわりとその手を離させてスイヒと対峙する。
「取り敢えずこの件はマスターとダイゴに任せよう。俺たちが決められることではない」
「…仕方ありませんわね」
「そうそう!」
「でも貴男は違うくてよ、シイナ」
 トキに向けていた困ったような表情から一変、スイヒは般若のような顔でシイナを睨みつけた。
「えっ…えェッ!?」
「まったく…世のジュカインはクールで格好良いというのに、何故貴男はそんなにも挙動不審なのでしょう」
「あ、あのスイヒさん?」
「今日はわたしくしに付き合ってもらうわ。覚悟なさい」
「…………、」
 大通りでは子供たちの楽し気な声が響いているのに、裏路地で負のオーラを背負って項垂れるマコトの手持ちであるジュカイン・シイナなのであった。