彼の心境とは裏腹に、天気は快晴だった。波の音が心地良く耳を撫ぜるのだが、その音に風情を感じることなど今のダイゴはできなかった。
居る、そこに。青い海を眺めている。髪がゆらゆらと揺れている。表情は、窺えない。
ダイゴは呼吸を整える。じっと前を見据え、歩き出した。さくさくと砂を踏む音と波の音が耳に触れる。だがそれよりも自分の心臓の音のほうが煩かった。段々と彼女に近づくにつれ、足は遅くなってくる。だがそれを叱咤し、懸命に歩いた。
「マコト」
呼ぶ声は震える。海を見つめて離さない彼女の視線はまっすぐ伸びていて、美しかった。
「マコト」
更に近づく。すると漸く彼女は海から視線を外し、彼に投げかけた。相変わらずの冷静な瞳だった。
「あ、あのね…」
言わなきゃ、と気持ちが急かすも口が動かない。
落ち着いて呼吸する。頭の中で言葉を整理してもう一度口を開こうとしたその時、マコトが溜息をついた。思わず、ダイゴの肩が跳ねる。
「分かってますよー」
「…へ」
「だぁから、分かってるって言ってるんですよー。私が居ない間にどんだけ頭緩くなってるんですかー」
「ほんっとダイゴさんってなんていうか…」再度溜息を零す彼女の顔には呆れが見えていた。マコトは彼の許に歩み寄って、彼を睨みつける(少なくともそう彼は受け取った)。
「今度また阿呆みたいなことしでかしたら、本当に退職届出しますからね」
「………ッうん、…、ごめんなさい…」
嗚呼。とダイゴは嘆息する。ぐたぐたと考えて自分を責めて相手を責めた自分と違い、マコトはよっぽど大人だった。ダイゴよりもダイゴの考えを見透かしていた。本当に彼女は、凄い。
「…ねえマコト、僕とホウエンへ帰ってくれる?」
「済みません、私からしたら“帰ってあげる”じゃなくて、“行ってあげる”になるんですがね」
「ああそうだったね、ごめん」
揚げ足を取る彼女を見るのはとても久しぶりで。今までぐだぐだ考えるよりあっさり謝ってしまったほうがよっぽど良かったのだと、ダイゴはちょっぴり後悔した。二人は歩き出す。隣に彼女が居ることがどんなに嬉しいことなのか、ダイゴは自覚させられた。
「ね、マコト。帰ったらまた石探しに行こうよ」
ダイゴの陽気な誘いにマコトは溜息をつく。
「まったく…ダイゴさんは本当、私が居ないと駄目なんだから」
「―――解決して良かったな」
「あー良かった!!」
「全然良くありませんわ!あんな馬鹿な男の許へ再び行くなんて!」
「落ち着けスイヒ」
「仕方ない、マスターの決めたことなのだ。私はそれに従うまで」
マコトとダイゴが居る場所から少し離れたところ。そこで五人が言い争いのようなものを繰り広げていた。
仲直りして良かったと安堵する者たちとは裏腹に、ただ一人、スイヒだけが怒り顔でダイゴを睨みつける。あまり見つめすぎると気づかれる恐れがあるのだが、それを彼女は意にも介さない。マスター至上主義もここまでくれば病だとトキは呆れる。
「わ、わたくし!やっぱりマスターに進言しますわ!あんな馬鹿な男のところに行けばまた傷つくと…」
「やめろヒスイ」
暴走しようとする彼女をたった一言で止めたのは、ルカリオのアオイだった。彼は鋭い赤目でスイヒを射抜く。思わず、スイヒは一歩退いた。
「マスターが行くとお決めになったのだ。我々如きが口を挟んで良いわけがない」
「…でも良いですの?もしまたあんなことがあれば…」
「その時は私がマスターを救い出す。勿論、無傷でな」
絶対的な自信を感じ、スイヒは黙り込む。これ以上喚くのなら実力行使だというアオイの考えが暗に伝わったからだ。相変わらず恐ろしい奴だと、静観していたトキは思う。
「…ま、要はアレだろ?俺たちで護れば良いっつー話」
「シイナは気楽で良いな」
「はははっ!!」
この緊張感を壊す勢いで笑い飛ばすシイナにトキは頭痛がした。「行くぞ。マスターがお帰りになる前に我々は先に家に着かねばならん」アオイはさっさと踵を返し帰路に着く。それを慌ててシイナは追った。
「…、」
「ま、なるようになるさ。だからスイヒ、気に病むな」
「……そう、ですわね」
未だ憂いた表情をやめない彼女の肩に手を置き、トキは彼女を促した。
心配なのは、トキも一緒だった。