36.透明な事実

 真っ青な海を眺め、デンジは大きな溜息をつく。
「なーぁに溜息ついちゃってんの?」
「…うぜぇ」
 からからと笑うゲンにデンジは苛立つ。愚問だ、ゲンの質問は。
 ホエルコの潮吹きが遠くに見える。無感動で眺めていると、ゲンが隣に座った。そう、こいつには訊ねたいことが山ほどあるのだ。
「訊きたいんでしょ、あの話」
 訊くまでもなくゲンから話してくれる。察しの良さに少しばかりデンジの苛立ちは収まった。
 「何から話そうか」「最初から、全部」即答にゲンは笑う。
「…あのね、マコトがたまにロストタワーに行ってること知ってる?」
「ああ…らしいな。直接マコトの口から聞いたことはないが」
 それが原因らしい。ゲンは目を伏せて、ぽつりぽつりと喋ってくれた。
 ――昔、まだマコトが新米トレーナーの頃…手持ちも少ない頃だ。その時、マコトはあるポケモンと出会った。そのポケモンは負傷しており野生だったが彼女は見過ごすことができなかったらしい。そのポケモンは警戒心が強かったのできのみだけを差し出し、その場を去ったという。しかし恩を返したかったのかそのポケモンは少し後ろからマコトをつけて来ていた。それはマコトやマコトのポケモンも知っていたので特に言及しなかったが、マコトはそのポケモンを仲間に加えたかったらしい。次の街に行く途中に休憩しては時折、そのポケモンを勧誘していたそうだ。だがそういう時、そのポケモンはいつだって気まずそうな空気を漂わして、草むらに隠れたという。
「そのポケモンは一体…」
「まあ聞きなよ」
 ――ある日のこと、マコトの手持ち全てが戦闘不能に近い状態になってしまった。マコトはすぐに近くの街のポケモンセンターに駆け込んだ。無論、その背後にはあのポケモンも居た。だがそのポケモンは街の中に入ることはなかった。自分が人間に嫌われていることを知っていたからだろう。
 マコトは暫くしてセンターから出た。今日は混んでいるらしく全回復には時間がかかるという。仕方なくマコトは外に出て時間を潰すことにした。しかしそんな時だ、彼女の目の前に傷を負った小さなポケモンが出てきた。そのポケモンはマコトを暫く見つめたあと、街の外へ出て行った。だがどういうわけか時折彼女を見ては足を止めている。ついて来てほしいのだろうか、だが今手持ちは居らず無防備な状態。このまま外に出ても危険ではないのか。そんな考えが過ったが目の前の負傷したポケモンの前では無意味だった。気づけばマコトは街を出ていた。
 深い、草むらの中。ポケモンを追った先に居たのは人間だった。
 当時のマコトは知らなかったが、彼らは、ポケモンハンターだったのだ。
「ハンターって…偶然会っちまったのか?」
「ううん。マコトの後ろをついて来ていたポケモンが欲しくて、マコトをおびき出したんだって。そいつらはそのポケモンがマコトの手持ちだと思っていたらしくて…」
 言うまでもなく、ハンターたちはそのポケモンを差し出せとマコトを脅した。しかし手持ちでもないポケモンを差し出すことなどマコトにできる筈もなく、差し出せないと断ったマコトにハンターたちは容赦無く拳を振り下ろした。
「……その時助けてくれたのが、マコトの後ろをついて来ていたポケモンでね…」
「そいつは」
「…うん、結果的には、死んだよ。マコトを庇って」
 血まみれのポケモンを抱きしめてポケモンセンターに駆け込んだ当時のマコトは、それはもう取り乱して大変だったそうだ。助けてと泣き叫ぶマコトを恐れて、人々は遠のいた。
 それからマコトはポケモンセンターで療養を取った。彼女も傷を負っていたということもあるし、何より精神を安定させなければいけなかったからだ。しかしそんなことが簡単にできるわけもなく。取り調べということで当時の出来事を訊いてきたジュンサーにマコトはひどく怯え、部屋から出ていけと物を投げ威嚇した。
「いやぁあの時は大変だったよ。たまたま私はその街に居たから状況を把握できたんだけどさー」
「何で言ってくれなかった」
「、マコトがね、言うなって」
「何で…」
「一人で背負い込もうとしてるんだろう。勿論私は君に言ったほうが良いと進言したさ。でも…彼女は聞かなくてね」
 まったく知らなかった。どんなに彼女が苦しんだか。目の前で好きなポケモンを殺される恐怖を。
 デンジは大きな溜息をして、頭を抱えた。
「知らなかった」
「うん」
「本当に…知らなかった…………」
「…うん」
 シンオウを去るマコトの背中を思い出す。あの背に、小さな背に、そんな重いものを背負っていたなんて。何故気づいてやれなかったんだと、デンジは自分を責めた。
 彼女がシンオウに帰ってくる時のみ行われるお墓参り。せめて、と。マコトが居ない間自分がそこへ参ろうと誓ったデンジなのであった。