38.ちっぽけな正義感と何か

「だからスミマセンって…」
 珍しく困った表情をするマコトの前には、ギャーギャーと喚くジュカイン。放って120番道路に行ってしまったのは申し訳なく思うが、かれこれ年単位の付き合いだ、そんなに泣かなくても良いのではないか。
「これからはちゃんと忘れませんからぁー」
「がうがう!」
 「ギャッ?!」突然のルカリオの登場にジュカインは仰天する。マコトも不意打ちだったので思わず後ずさった。
 ルカリオはジュカインの頭に手刀をかます。
「…さ、茶番はここまでにして、そろそろ出ますか」
「がうっ」
 頭を押さえているジュカインを撫で、ボールに戻す。ルカリオも大人しく戻った。
 次に行く街はミナモシティ。港のある綺麗な街だ。あそこにあるレストランやショッピングモールはかなり有名である。
 ヒマワキシティを出てから驟雨に見まわれたが、121番道路に入るとそれはおさまり、マコトは傘を閉じてゆったりと歩いた。冷たい空気から覗く太陽の光が心地良い。穏やかな気分で歩いていると、不意に赤い服が目についた。
「さあ!私たちもおくりびやまに向かうぞ!アクア団の者共よりも先に宝玉を手に入れるのだ!」
 物言いと服装からして彼らがマグマ団と予想するのは容易であった。(おくりびやま、か)そういえばホムラが言っていたなと思い出す。
 おくりびやまはシンオウ地方でいうロストタワーと同じ役割を果たしていると聞いたことがある。きっとマグマ団とアクア団が揃えばあの澄んだ地で抗争が起きることは免れない。行きたくないな…素直にそう思った。おもむろにルカリオのボールを撫でると僅かに震える。行きたくなければ行かなければ良いと、言っているようであった。
「…行きますか」
 呟くと、ルカリオのボールがカタカタと揺れた。きっと心配してくれているのだろう。大丈夫だというように撫でれば、その揺れは少し治まる。
「何かあった時は助けてください」
 言うと、全てのボールがカタンと震えた。



 おくりびやまは冷気に満ち溢れていた。それはロストタワーの空気とよく似ていた。墓参りをしているトレーナーを横目にマコトは先を急ぐ。途中バトルを挑んできたトレーナーがいたが、先を急いでいたので手加減無しで勝負をつけた。野外に出た頃には少し息が上がっていた。
 外は霧がかかっていた。どくどくと忙しなく鳴る心臓に気づかぬ振りをしてマコトは歩み続ける。徐々に見えてきた赤色に何故か安堵してしまった。赤色の集団はこちらに気づくとボールを構える。マコトはそれをコテンパンにしてやった。
「退いてください」
 マコトに気圧され、階段付近に居る下っ端は徐々に下がった。階段を登り最上を目指す。疲れは感じなかった。
「ほう、久しぶりだな」
 最上まで登り切ったところで顔を上げると、マグマ団のリーダー・マツブサは意外そうな顔をしてこちらを見つめていた。
「そうですねぇ、あの時はお世話になりました。是非お礼をさせてほしいですねー」
「…済まないが最早一秒たりとも時間を無駄にできないのだよ」
「、どういうことですか」
 マコトの疑問にマツブサはニヤリと笑って、高らかに片腕を挙げた。
「このおくりびやまに祀られていた紅色のたま…確かにマツブサがいただいた!」
 挙げられた手の中には文字通り紅色の玉が握られていた。(紅色の…)それは確か、とマコトが逡巡する暇など与えないようにマツブサは「カガリよ」と傍に控えていた女に声をかける。
「………………は」
「お預けのお詫びにこちらのお客人のお相手を……くれぐれも無礼の無いよう全力で潰して差し上げろ。1%の抵抗の意志さえ打ち砕くほど徹底的に!ポケモン共々な!」
 その言葉にマコトは咄嗟にボールに手を伸ばす。
「……ククク、紅色のたまさえあれば隕石の力に頼らずともヤツを目覚めさせることが出来る。あとはヤツの眠る海底奥深くへたどり着く手段……カイナで開発中の潜水艇を手に入れるのみ……!……ゆくぞ者ども!次は…カイナシティだ!」
 そう高らかに言い放って、先を行こうとする彼の前にマコトは立ちはだかる。「こういうのは私の専売特許じゃないんですけどねー」つくづくらしくないことをするものだと、自分でも少し笑ってしまった。
「……アナライズ…します。……ァハあぁ」
「っ!ミロカロス!!」
 突然バクーダを繰り出して来たカガリに対し、マコトは慌ててボールを投げた。マツブサは注意の逸れたマコトの脇を素早く通り姿を消してしまった。追いたかったマコトだったが、カガリを無視するわけにもいかないので、今はバトルに集中した。