03.笑う仮面

 表紙がグリーンの分厚い書物がテーブルに置かれている。それを開き、目的のページまで捲った。
 ゲンシカイキ、メガシンカ、キーストーン、メガストーン…専門用語が並ぶページに、目を落としていく。
ゲンシカイキが可能とされているポケモンは現時点でグラードンとカイオーガのみ。またメガシンカも全てのポケモンに適用されるのではない―――そのようなことを記載されていた。この書物は専門用語が多いので解読するのに一苦労だ。
 そんな時、ピンホーンとインターホンが鳴った。マコトは書物を開けっ放しにして玄関に向かう。
「はい。…あ」
「やあマコトちゃんじゃないか!」
 訪問者はバカみたいにテンションが高いミクリだった。
「ダイゴは居るかい?」
「今でかけてます。上がっていきますか?」
「そうだね、お邪魔しようか」
 ミクリは言葉の割には無遠慮に部屋に上がる。リビングに促しソファに座らせる。「紅茶持ってきます」「ありがとう」簡潔に会話を済ませる。
「そういえばマコトちゃん、何で君がダイゴの家に一人で居るんだい?」
 そう、先程までこの部屋で堂々と居座っていたマコトだが、実はここはマコトの家ではない。ダイゴの家なのだ。断っておくが決してマコトはダイゴと同居しているわけではない。ただよく泊まるだけだ、仕事上の関係で。そんなわけで合鍵を貰っていたりするしマコトがダイゴの家で一人きりなのもよくあることだ。
 その旨を簡潔に話すとミクリはニヤニヤと笑った。
「面白い内容だね」
「ウザいですミクリさん。帰りますか?」
「随分ストレートに言うね。それ暗に帰れって言ってるでしょ」
「さすがはコンテストマスター。分かってるじゃないですかー」
「いやコンテストマスター関係ない」
 マコトは彼の前に紅茶を置く。鮮やかなオレンジ色にミクリの端正な顔が映った。
「で、どうせくだらないことで来たんでしょう?ダイゴさんの怒り買う前に退散したらどうですか?」
「どうしたの今日。すっごく攻撃的なんだけど」
「まさか。私はミクリさんに対してはいつもこんな感じでしょー?」
「君、私のこと嫌いだろう?」
 若干涙目になるミクリだが、マコトに謝る素振りは見られなかった。
 「…あ、そうそう」なんとか心持ちを立て直し、ミクリは話しかける。決して表情に出してはいないものの、煩わしそうにマコトはミクリに視線を向けた。
「ダイゴ、また洞窟に行ってるの?」
「違いますよー。今日は会社です。洞窟なら私が同伴してるでしょーがァ」
「確かに。…何で今日は会社に?」
 ダイゴは仕事をしないことで有名な人物だ。そんな彼がわざわざ会社に赴くなど、よっぽどの理由があってのことだ。ミクリは興味津々にマコトを見つめる。
「キーストーンをこの前発見しまして…」
「うん」
「今日、キーストーンの保有者を決める会議があるらしく、それに出席しています」
「へ?そうなの?別にダイゴ居なくても良くない?」
「…その会議で保有者に私を推薦するらしいんですよー」
「ああ成程。マコトちゃんルカリオとジュカイン持ってたもんね」
「はいまあ。でも私にキーストーン持たせるってちょっと問題ありですよねェ」
 そう言って、カップに口をつける。その様子にミクリは頬杖をついて「何で?」と訊ねた。
「え。何でって私バトルとかしないですし、持ってても使いませんよーきっと」
「ふーん。本当に使わないつもり?」
「はい。それにメガストーン持ってないですし」
「ああそういうことも起因してるのか」
 マコトがキーストーンを持つことを頑なに嫌がる理由を察する。それに何よりマコトはメガシンカに然程興味を抱いてないように窺えた。だからキーストーンを持つことを無意味と思っているのだ。
 ミクリはダイゴとマコトのすれ違いに苦笑する。
「なに笑ってるんですかー」
「んー?ふふっ、いやぁ面白いなーと思って」
 言葉の真意が分からず、マコトは小首を傾げる。だがミクリにニコニコと笑みを送り続けた。