44.カウントダウン

 陽の差し込むところを通り過ぎ、暗い水中に進んでゆく。壁沿いに行くと大きな洞窟を発見した。それの入り口を見つけるとミロカロスに指示を出し、中に入ってもらった。中は随分と広かった。上から明かりが差し込んでいてキラキラと鮮やかな光が降り注いでいる。丁度その中心で浮上するようにと彼女に指示する。外界に出るとダイビングにより発動していた膜が剥がれ、新鮮な空気がマコトの体内に流れ込んできた。ダイビングのおかげで通常の水中よりも快適だったが、やはり外界のほうが体は楽だ。
 マコトはミロカロスを労わるとボールに戻してから、先程から傍らに停泊している潜水艇に目をやった。これには見覚えがあった。実はマグマ団アジトを急襲した際、最下層にてこの潜水艇を見つけたのである。どうやらマグマ団はポケモンにダイビングを覚えさせるのではなく、科学の力でここまでこぎ着けたらしい。
 観察も程々にマコトは洞窟内部に入ると、早速下っ端たちが矢継ぎ早にバトルをしかけてきた。
「邪魔するガキは潰す!」
「…私、一応十八歳なんですがねー」
 十八でもガキ扱いなのかとまったく関係ないところにツッコミを入れながらも、マコトはポケモンを出して相手を蹴散らしてゆく。どの下っ端たちも特別強くなかったので然して苦戦せずに進んでいけた。
 どんどん地下へ向かっていくと徐々に気温が上がっていくのを感じた。この先に何かあるのは明白だ。じんわりと浮き出た汗の珠を拭うと、足を速めた。ちらほらと出てきた溶岩やマグマ溜まりにマコトは僅かに眉をしかめる。シンオウ生まれというのもあり、暑さには弱いと自負している。「……暑い…」そう呟いたのと同時に目先に奥深くに続く階段を発見する。最奥は暗くなっており確認できない。どこまで行かなければいけないんだと最早嫌気が差しながらも、マコトは暑さと戦いながら階段を下りていった。



 暗闇に似た黒の先に、ぼんやりと明かりが浮かぶ。まだ階段を下りきってもいないのに酷い熱気と湿度を感じる。おそらくこの先が最下層なのだろう。マコトは覚悟して階段を下りきり奥に踏み出した。慎重に足を進める中、不意に視界の先に黒い人影が見えた。
「ぐっ……」
「クフハッ!無様だものだな、アオギリよ」
「……ぐ、ぬぅ!マツブサ…!!」
 水蒸気の所為で一見では判別できなかったが、奥にある人影はどうやらマツブサとアオギリのようだった。雰囲気からしてアオギリはバトルでマツブサに敗北したと窺える。こういう空気の中に参加するのは非常に嫌なのだが我儘は言っていられない。マコトは更に近づいた。
「フフハッ!やはりな…ッ!」
 するといち早くマツブサがマコトの存在に気づく。「ガキンチョ…」彼と対面したのは確か流星の滝の一件だけだった筈だが、アオギリはちゃんと覚えていたらしい。マコトが何故ここまで来たのか二人は分かっていたらしく、アオギリは俯き、反対にマツブサは炯々と輝いた笑顔を作った。
「このマツブサ、最早願いさえしてしまったよ。今この時この場所に貴様がやって来ることを、な」
 相変わらずよく喋る男だと心中で罵れば、知ってか知らずかマツブサは更に高らかに笑い飛ばして続けた。
「フフハフフ…かくして願いは叶ったわけだ。愉快!実に愉快だ!貴様には特別に紹介してやろう…我々マグマ団と共に人類を次なるステップへと進めてくれる頼もしいパートナー!」
 それまでマコトを捉えていたマツブサの視線は流れるようにマグマの海へと移る。そこにはマグマの中で眠るグラードンの姿があった。(こんな状況じゃなかったら色々観察したいんですがねー…)マツブサと対照的に静かに佇むグラードンに、マコトは僅かながら興味の入った視線を投げかける。
「超古代ポケモン、グラードン!!見給えよ、灼熱の溶岩の海さえものともせず眠りにつくこの雄々しき姿をッ!!」
 マツブサの熱くなる演説とは裏腹にマコトは急速に自分の中で何かが冷えていくのを感じた。どうやらアオギリも同じようで、目頭を押さえてひっそりと俯いていた。
「この日が訪れるのをひたすらに待ちわびたよ。計測不能の永き時間をな。人間とポケモンの共存などという馬鹿げた理想によって進化の遅れた愚かな世界……その全てに終わりへ誘い、新たなフィールドを創造する。古の姿…ゲンシグラードンの力を手に入れるこの日を!」
 そういえばそんなことをどこかの書物で読んだなと思い至ったその時、不意にマツブサがこちらに体を向けてきた。
「貴様は私がその日を迎える為の最後の壁……このマツブサが治めし全ての力をもって排除してやろう!」
「壁、ですか……そう呼んでもらえるなんて光栄ですねー」
 狂気的なマツブサに、一瞬マコトの脳裏にキーストーンの存在が過る。使うべきか、否か。
「おくりびやまでお預けを食らわせた詫びだ。我々の本気のおもてなし、心して食らうが良い!」
 逡巡を許さないという風に駆けるように述べると、マツブサは眼鏡をくいっと上げた。――眼鏡の縁にキーストーンがはめ込まれている。相手のポケモンは四体。加えてキーストーンを保持。……だが大丈夫、勝てる筈だとマコトは確信していた。
 マツブサの一体目はグラエナ。ここでマコトはルカリオを繰り出したので難なく勝てた。次いでマタドガス、クロバットだったがレベル差があったのでここもルカリオに戦ってもらい、勝利を収めた。
「くっやりおる…だが次は簡単に倒せん!見よ、我がポケモンのメガシンカを!」
 (バクーダ、ほのおタイプ…メガシンカ…)メガシンカするバクーダを目の当たりにし、マコトは咄嗟にルカリオのボールに触れた。
「グゥ、ゥ」
 こちらを見つめるルカリオの真っ赤な瞳。交代か、と確かめるように訊ねてくるその瞳は、どこか揺れていた。(……――――…)ほんの僅か、ボールに触れる指先が震えた気がした。「…お疲れ様です、ルカリオ。ミロカロス、お願いします」マコトはすぐにルカリオを戻すとミロカロスのボールを放った。ミロカロスは周囲の熱気にびっくりしたようだがすぐにいつも通りの華麗さを見せつけた。
「(今、何故……)ミロカロス、ねっとう!」
 疑問が過ったが考えるのは後だと言い聞かせ、マコトはバトルに集中した。バクーダはメガシンカして強化されとはいえほのおタイプで、ミロカロスはみずタイプ。加えてミロカロスはバクーダよりも幾分かレベルが上だったのでミロカロスもルカリオに続き相手に勝利することができた。
「……流石やりおるわ!このマツブサよりも遥か先を行く実力よ!ハハハハハハハハ!!」
 負けたというのにマツブサは何故か愉悦に浸りながら笑い続ける。
「見事だ。見事だよ若きトレーナー…いや敢えてこう呼ぼう若きヒーローよ!あくまで人間とポケモンが共存する世界を良しとし、私の理想を…世界の終わりの始まりを阻止せんともがく貴様は紛れもないヒーローよ!」
「……生憎、私はあんたが思ってるほど善良でもありませんけどねー」
 ヒーローと言われるほどの器など持っていない。そう答えたかったが、マツブサは最早マコトの言葉などどうでも良いようで聞いておらず、彼は再びグラードンに体を向けた。
「だが!私とても曲げられぬ!この理想を!世界を次に進める理想を決して!」
 そう宣言し、懐から取り出したのはマコトも見覚えのあるものだった。