45.目覚めた絶望

「紅色のたまの力でグラードンをゲンシカイキさせ、そうして世界に終わりの始まりをもたらすのだ!」
「待たれよ!リーダーマツブサ!」
 マコトが駆け寄るよりも早く反応したのは、この場に居る筈のない人物、マグマ団のナンバー2であるホムラだった。
「ぬうっ!ホムラ!?」
「おやめ…ください!マツブサよッ!貴方は解っていないッ!目覚めしグラードンがもたらすのは……その後に始まりなど訪れない世界の終局であることを!」
 懸命に述べるホムラに目を伏せたマツブサは、刹那には小さく笑った。
「…フン、知らぬとでも思ったか。貴様が私のクビを狙っていたことを…悲しいものだよ…ナンバー2に裏切られるというのは……」
 そういえば天気研究所でホムラがひどく動揺していたことをマコトは思い出す。あの時からホムラはリーダーの掲げる方針に疑問を抱いていたのだ。
 マツブサはホムラを一瞥すると再度グラードンに向き合った。紅色のたまを手に。
 マコトの脳内にはある伝記の一節が蘇っていた。紅色のたまはカイオーガの力を抑え、藍色のたまはグラードンの力を抑える作用があると。今マツブサの手中にあるのは伝記に記されていることとは真反対のもの。
「ッ駄目です!!!」
「最後に頼れるのは貴様だけだ!グラードンよ!いざ、紅色のたまに秘められし全ての力を取り込み、ゲンシの姿へカイキせよッ!!超古代に失われた大いなる進化の可能性をッ!!現世に蘇らせるのだッ!!!」
 マコトの制止も虚しくマツブサは紅色のたまを掲げてしまい、呼応するようにたまは赤く輝きだした。瞬間、唸るような地響きと共にグラグラと地面が揺れだした。体格の良いアオギリでさえ揺さぶられよろけてしまったのだから、マコトに至っては膝をついた。その状況下であってもなんとかマツブサとグラードンに目を向けると、紅色のたまと共鳴するかの如くそれまで灰色だったグラードンの体は赤味を帯び始めていた。やがて書物や図鑑に掲載されている真っ赤な姿になると、グラードンの周りに突如激しい熱風が巻き起こり、爆音が響き渡る。その熱にマコトは目を瞑る。
「……っ!!」
 漸く目を開けると眼前に居た筈のグラードンの姿は無かった。
「どこに……」
「おそらく地上に出やがったな。熱風と一緒にマグマが洞窟を突き抜けてったのが見えた」
 マコトの疑問に答えたのはアオギリであった。彼は複雑な顔をして上を見上げている。
「ひゃははは!ついに…ついにッ!やったぞおおおおッ!!我々人類に新たなる進化のフィールドが、開かれるのだああああッ!!」
「おおお…なんということを…リーダー、なんという…」
 呆然とするホムラなど気に留めずにマツブサはマグマを眺め続ける。すると何かの着信音が響いた。「…外に居る団員からの連絡か」マツブサはポケットから通信機を取り出して、通話ボタンを押した。
「どうした?フム……太陽が激しく輝いている……そうだろう…それこそが私の………我々の目的……っ!なんだと!予想以上の暑さでこのままでは自分たちも危ないだと!?バカな…ッ!目覚めたばかりの状態でそこまでの力…!?ゲンシカイキした暁にはどれほどまでの……と、とにかく様子を見ているのだ!」
 狼狽するマツブサにホムラが詰め寄る。
「リーダー!?マツブサよ!?一体地上で何が!?」
 ホムラに詰め寄られるマツブサは、ただ瞳を揺らして震える声で呟く。「どういうことだ……紅色のたまでグラードンが目覚める……そしてこの世界は人類にとって理想の…」独り言のように流れ出す困惑にアオギリが冷静にこう言う。
「マツブサよォ…オレたちは超古代ポケモンの力……ゲンシカイキの持つパワーを見くびっていたようだぜ……」
「なんっ…だと…!」
 それにマツブサはやや怒りを表しながら振り向く。しかしアオギリはそれに狼狽えなかった。
「ゲンシグラードンのもたらす終わり、それは要するに……この世界に存在する全ての生物を死に追いやること!これから先のオレたちを待ち受けているのは、逃げることさえできねぇ圧倒的な絶望…!……クソったれが。超古代ポケモンを操るなぞとんでもなく調子に乗った考えだったってわけだぜ……」
「やはり天気研究所で得られた情報は真実だったのですね……リーダーマツブサ!ここでこうしておっても埒があきません!一刻も早く外の状況を確認せねば!チャイルド!君も来るのだ!早く!」
「っえ?あ、はい…」
 それまで蚊帳の外だったマコトは突然呼ばれてビクッと肩が跳ねた。
 ――――急いで外に出てみればあまりの暑さに眩暈を覚えた。思わずふらつくと後ろに立っていたアオギリに支えられる。礼を言ったが動揺しているらしく返事は無かった。「こん…な……」「なんてこったい……」マツブサもホムラも絶句する。
「私は…人間の人類の……更なる発展を…新たなる進化の道筋を……産み出し…たくて……」
「リーダー…マツブサ……」
 ぽつぽつと話すマツブサの悔恨にホムラもマコトも何も言えなくなる。
「これが…超古代ポケモンの力……全てを終わりにしちまうグラードンのパワーなのかよ……このままじゃオレたちも、ポケモンも、この星全ての自然も、全部おっ死んじまう…!」
 唖然とするアオギリは悔しげに唇を噛む。アオギリは暫く黙ったが、すぐに表情を変えるとマコトに視線を移した。
「ガキンチョよう、オレらはこれからルネに向かう」
「ルネシティ――目覚めの祠ですか」
「察しが良くて助かる。ゲンシカイキする為のエネルギーが溜まってるって噂が本当ならグラードンが向かうのはそこしかねえだろ」
「グラードンを…止めるんですね?」
「ああ。手札は無い。が、足掻くしかねえだろ」
 覚悟を決めたように言い切るとアオギリは今度はマツブサに言う。
「マツブサァ!テメェらマグマ団も来やがれ。オレらが引き起こしちまったこのどうしようもねぇ事態はよォ……オレらの責任でケリつけるのがスジってもんだろうが。違うか?あん?」
「…ぐぅ……」
「参りましょう…!リーダーマツブサ!」
 逃げたいという思いが滲んでいるが、ホムラが促すとマツブサはゆっくりと歩きだす。それを確認したアオギリはもう一度マコトと向き直った。
「……ガキンチョ………済まねぇ」
「、はい?」
「大人として、詫びさせてもらう。……そして頼む、オレらに力を貸してくれ。どうしようもねぇこの地獄をなんとかする力を………ルネで待ってるぜ」
 マコトの返事を待たずしてアオギリはマグマ団を追って行ってしまった。案外悪い人ではないのかもしれない。そう考えた矢先、マコトは明るんだ青空の中に黒い影を見つけた。
「マコト!」
 ダイゴと、エアームドだ。「マコト!遅くなって済まない!」ダイゴはエアームドから降りると転がる勢いでマコトに駆け寄って、彼女の安否を確認した。
「大丈夫なんだね?良かった…」
「いや、その…私、啖呵切った割に状況を食い止められなくて申し訳なく思ってるんですけど…全然良くないです」
「なに言ってるの!」
 するとダイゴは怒ったように(いや、確実に怒っている)マコトの頬を軽く引っ張った。
「マコトが無事なら、それでいい。一人で背負わずにこの困難、一緒になんとかしよう?」
 こういう時、やはり彼は大人なのだと、マコトはしみじみと思う。「…済みません」「ありがとうだよ!こういう時は!」「そうですね」少し眉をハの字にするとダイゴは困ったように微笑んだ。が、それも一瞬ですぐさま直面している問題と向き合った。
「…それにしても………酷いな。石の洞窟の壁画に描かれた光景はこれを表していたのか。このままではホウエン地方…いや、世界中が干上がり、人間もポケモンも暮らすことのできない死の大地と化してしまう……!」
「ダイゴさん、この凄まじい灼熱、ルネの上空にある熱球を中心に広がってるみたいですね」
「そうみたいだね……とにかく考えるよりもまず、ルネに向かおうか」
 そう答えてダイゴが懐から取り出したのは見慣れない笛。「むげんの笛っていってね、まあ、とにかく息を吹き込んでみて」言われるがままに吹き込んでみると、不思議な音が流れる。と、その音を聞いたのかどこからともなくあるポケモンがやって来た。
「ラティオス!?」
「気になるだろうけど説明は後。さ、彼にルネまで乗せていってもらおう」
 ラティオスに注ぐ眼差しを止められぬまま、マコトは彼の背に乗った。何故か背後にダイゴまで乗ってきたのだがマコトはラティオスの感動を忘れられなかったため、彼のこの体勢は然して気にならなかった。