ルネシティに辿り着けば先程とは比べものにならないくらい暑さを感じる。おそらく他の街とは違い、地面や壁が白い所為だろう。黒よりも吸収率の低い白は容赦無くマコトたちに日光を射し込む。
「ミクリ、待たせたね」
ダイゴに連れられ階段を登って行けば、そこに待っていたのは久方振りのミクリだった。この暑さだというのにミクリは変わらずの余裕綽々な笑みを浮かべている。
「そんなに待っていないよ。さて、久しぶりだね、マコトちゃん」
「お久しぶりです。その節はどうも」
自分のシンオウ帰還の騒動に対しそれとなく礼を述べると、ミクリはおかしそうに笑い、逆にダイゴは気まずそうに顔を逸らした。
「さて…ここからはルネの代表者として対応させてもらうね。―――改めて自己紹介します。私はミクリ、この街のジムリーダー。そして目覚めの祠を護る者」
そう説明する彼は今まで見たことのない顔つきをしていた。然程彼との付き合いが短いわけではないが、彼の新しい一面を発見する。ダイゴは流石に付き合いが長いだけあってかこの態度のミクリに対し、驚きを抱いてはなさそうだった。きっと何回かこういう彼と対面をしているのだろう。
「…この日照りは目覚めの祠からの力によって起こされています」
発端となる目覚めの祠。見たことなど無いが、きっと威圧感や神秘的な空気に包まれているのだろうとマコトは予測する。グラードンの力を抑制するといわれる藍色のたまに、なんとなく触れた。するとバッグの隙間から見えたのかミクリは藍色のたまに対し驚いたような顔をすると「そうか」と呟いて「ついて来てください」と言ってマコトたちを先導した。
促されるままについて行くと厳つい大きな扉が先方に見えた。おそらくあれが目覚めの祠の入り口なのだろう。「あ」「待ってたぜ!ガキンチョよう!」そこには海底洞窟で会ったマツブサとホムラ、アオギリが佇んでいた。アオギリはともかくマツブサを見たダイゴはマコトを隠すように背後へやった。
「大丈夫。私たちは今協力関係にあります」
彼の心配を和らげるように、マコトは静かに述べる。その真意を測るようにダイゴは暫しマコトを見つめると、やがてフッと微笑して退いた。
「リーダーマツブサ、チャイルドにアレを」
「…分かっている」
ホムラの言葉にマツブサはあるものを取り出してマコトに差し出した。
「これは…?」
「我がマグマ団とデボンコーポレーション……ホウエンの科学技術力を結集して造りあげたこれを貴様に託す」
広げてみるとどうやらそれはスーツのようで、手触り的に耐久力もまずまずの代物だ。
「本当は我々がグラードンとの接触に備えて用意したものなのですが……最早、我々にはどうにもならぬ状態……貴女に頼るほかないのですよ」
ホムラの発言にマツブサが続ける。
「……しかしだ、このマグマスーツをもってしても、自然のエネルギーによって激しさを増したマグマの中を進めるのか……」
「確かに。我々の計算を遥かに上回る勢いの可能性が高い……」
「それならば心配要りません」
杞憂だとばかりに二人の発言を覆すのは、怜悧な瞳を向けるミクリ。
「彼女の持つ藍色のたま…その古の力が彼女とポケモンを守ってくれる筈」
その言葉に本人を除く全員が驚きを禁じ得ないようであった。何故彼女が持っている?という無言の問いにマコトが答えるよりも早く、アオギリがそうか!と声を上げた。
「確かおくりびやまのジジババが言ってやがったぜ。紅色のたまはグラードンに力の解放……ゲンシカイキをもたらし、逆に藍色のたまはそれを治める力を持つってな。オレらが話聞いたときは既にあそこには無かったが…ガキンチョ、オメェが持ってたのか」
「はい。そのおばあさんたちに頂きました」
バッグから取り出して藍色のたまを見せるとミクリがまじまじとそれを観察する。
「………確かに本物だ」
藍色のたまを持っていればグラードンの力を抑えることができ、エネルギーによって増幅するマグマを抑圧することができる筈だ。そしてマグマ団とデボンの科学力を結集させたスーツが合わされば、自然の驚異と対抗できるとミクリは言う。正直あまり想像できないが、ここまで来ればやるしかなかった。
「オレらも団員を集めて被害を受けている奴らやポケモンたちを助けてまわる。…ガキンチョよう、テメェにだけ重い荷物を背負わせちまって済まねえが、いっちょ任せたぜ……!」
「貴様……いや、君には迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ない。だが今、グラードンを相手に立ち向かえるのは君と君のポケモンたちだけなのだ……世界を…我々の世界を……頼む!」
アオギリとマツブサの必死の気持ちに、マコトの胸中には不安が広がる。ここまで自分に重責がかかることは今まで無かった。だから世界だとか、そんな人類の存続に関わるようなことを頼まれてもいまいちピンとこない。
「マコト」と、それまで黙っていたダイゴが不意に呼ぶ。
「……世界とか、そんなこと、君は何も考えなくていい」
マツブサと180度違う意見に彼やアオギリだけでない、ミクリさえも目を剥いた。
「言ってたよね、マコト、最初に。自分は博愛主義者じゃないって」
「…」
「その通りだよ。君はとんでもなく合理的でドライで、驚くくらい淡白だ。でも君は珍しくも自分から脅威に立ち向かってる」
「…はい」
「だからマコト、世界とか人類とか考えず、君は君の護りたいものを護ればいい。それが結果的に世界を救うことになった…そういう後付けのほうが君らしい」
くすくす笑うダイゴに、マコトは思わず苦笑する。
「まるで私が非人道的な人間だと言いたげですねー」
「まさか」
「ま、そのほうが気は楽なんで、それで行きます。“結果的に世界を救った自己中心的な人間”という肩書きで」
「僕、そこまで言ってないんだけど」
何気無いその会話に空気は少し柔んだ。
お喋りも程々にその後、ホムラからマグマスーツの着方を教わり、扉の真正面に立つ。
「…扉は押せば開きます。足を踏み入れれば、勝手に閉まるのでそのまま先へ進んでください」
ミクリに言われるがまま押し、扉が開き切るのを待つ。(私は誰の為でもない、私の為に脅威に立ち向かう)エゴで、身勝手な言い分だが、それで良いとダイゴは言ってくれた。だから頑張れる。私の為に、ひいてそれは巡り巡ってダイゴや、ポケモンたちの為になる。結果的に自分と世界は繋がる。
マコトは暗闇に踏み出す。相棒たちを信じて。世界を信じて。
「……確かに、ああ言ってやったほうがガキンチョの為かもしれねえな」
固く閉じられた扉を見つめ、アオギリは不意に言う。
「……ま、大人っぽいけどマコトちゃんはまだ十八歳だからね。まだまだ子供な部分はあるよ」
「大人でも世界の為だとか言われても困惑するからな。…俺たちみてーに」
ミクリとアオギリの会話にダイゴは拳を握る。自分は彼女よりも歳上なのに何もできない。こうして無事を祈ることしかできない。それが、歯痒い。
そんなダイゴの考えを見透かしてか、ミクリは彼を小突く。
「さっきのセリフで、マコトちゃんは君に救われたよ」
「……そうかな?」
「そうだよ。だから君は信じればいい。マコトちゃんを」
それが彼女の力になる。そう言い切り、ミクリは笑った。釣られ、ダイゴも口角を上げる。
「まったく…自分が女々しくて嫌になるよ」
「はは、確かに今のダイゴのポジションって明らかにヒロインだもんねえ」
「うるさいな」
拗ねたように言えばまたミクリは笑った。
「……じゃあ、僕たちは僕たちのできることをやろうか」
「ああ、そうだね」
厳めしい扉を一瞥してから、ダイゴは背を向ける。彼女は今やるべきことをやっている。ならばそれに自分も報いなければいけない。離れていても、心を寄り添わせることくらいはできる。決意し、ダイゴは歩き出した。