49.皓然たりうるわたしたち

 ふわり、手触りの良い毛並み。おそるおそる目を開けてみると、視界は見慣れないものになっていた。怪訝そうに見上げるとルカリオの顔が。そこでマコトは自分が横抱きされていることに気がついた。
「る…ルカリオ…」
「がう」
 彼はいつもとは違う見目だ。手足に黒い模様ができており、頭部から黒と赤色をした帯が伸びて胴体のデザインも変わり、両手足首も色が赤くなっている。そう、これは初めて見る、ルカリオのメガシンカの姿だった。
 ルカリオは非常に落ち着いた様子でマコトをそっと地面に降ろす。彼はマコトに怪我が無いことを確認すると、その赤い瞳をグラードンに向けた。とても強い瞳だった。そしてそれはもう一度マコトに向く。“指示を”そう言っていた。
「つるぎのまい、から、しんそく!」
 ルカリオは自信満々に舞い、すぐにしんそくを繰り出した。あまりの速さにマコトも目で追えなかった。彼はメガシンカすれば素早さは格段に上がり防御もある程度になるが、特防が上がらないのが玉に瑕だったことを念頭に入れ、マコトはバトルに集中する。
 (このままなら…!)空のモンスターボールを手に取り、投げる。ボールがグラードンに当たる瞬間、ルカリオがはどうだんを放ち、グラードンの動きを制限する。かんっと音が鳴り、グラードンは赤い光に吸収されてボールに入る。ぐらぐら、ぐらぐら。揺れるボール。……かちんっ。
「…ぁ…………………ゲット?」
 静止したボールに問いかけるように、マコトは呟く。そうだと言わんばかりにルカリオが嬉しそうに鳴いた。
「あー…はは」
「がうっ、がうっ!」
「ルカリオ、お疲れ様です………ありがとう」
 頭を撫でるとルカリオは目を細めて身を委ねる。彼の体は汚れや傷が目立ち、戦いの凄まじさを物語っていた。
「さて、行きますかー」
「クゥ」
 ルカリオが持ってきてくれたモンスターボールをバッグにしまって、マコトは疲れた体に鞭を打って歩き出した。途端、地響きが鳴り響く。思わず足を取られそうになったがなんとか踏ん張り、マコトは慌てて出口に急いだ。


 ふらつく体を叱咤して駆け抜ける。ペンライトを持つ余裕も無く、ただ無性に空が見たくて走り続けた。やがて扉が視界の先に見えた。バン!と荒々しく開けると、鋭い日光が目を刺した。が、目を瞬かせてみると、鮮やかな青空からキラキラ光る何かが地上に降り注いでいた。
「マコト!!」
 歓喜の声に青空から視線を戻すと、ダイゴが駆け寄ってきていた。
「あ、ダイゴさ、」
 ぎゅむっ!!と効果音が付きそうなほど、ダイゴはマコトをきつく抱きしめた。唐突なそれにマコトは思わず息が詰まる。ポンポンと彼の背を叩いてみたが、ダイゴはやめる気配など無く、むしろ圧力が増すばかり。と、暫しして笑い声が聞こえてきたのでそちらに目をやると、ミクリがこちらを見て愉快そうにしていた。
「ダイゴ、その辺りにしておいたほうが良いよ?マコトちゃん、苦しそうだし」
 鶴の一声で漸く圧力から解放される。ほっと息をついてダイゴを見ると、泣きそうな、それでいて嬉しそうな表情をしていた。
「おかえりっ!」
「…ただいま、です」
 笑顔。空の光。マコトはむずかゆさを感じた。
 「ところでマコトちゃん、グラードンはどうしたんだい?」ミクリの問いにハッとしてマコトはモンスターボールを取り出した。「はい、ここに」こんな小さなものにあんな凄いポケモンが入っているなど、捕まえたマコト本人でさえ信じられない。ダイゴたちも目を丸くしてボールを凝視した。
「すごいな、捕まえたのか!」
「流石マコトちゃん。ダイゴのお目付役なだけある」
「ミクリ、それ関係無いから」
 彼のふざけた言葉にジト目を送るダイゴだったが、一つ咳払いをすると微笑みを湛えてマコトを見た。
「マコト、君のおかげだ。ほら見て、ルネの空が元通りになってる」
「…そうですねえ」
 不思議な光る物体が注がれている以外、青空は常を取り戻している。明るすぎない仄かな日光は、体を蝕むことなく包み込んでいる。
 ホッとして視線を戻すと前方の橋にマツブサとアオギリが立っていた。
「目覚めの祠の奥底に溜め込まれていたエネルギーが世界中に降り注いでいっているのか……先程までの不安や恐怖が嘘みたいに、心が柔らかくほぐされていくような……」
「…………海か、大地か……ポケモンか、人間か……オレたちはどっちかの幸せを追い求め、どっちかをぶっ潰そうとしてきた……だが、世界のバランスがあるがままに戻りつつある今、真っ正面からそいつを考え直さねえと…イチからやり直さねえといけねえんじゃねぇか?…なあ?マツブサよォ」
「………そう、かもしれぬ。だが私には……償っても償いきれぬ過ちを…もしかして世界を破滅させてしまうほどの過ちを犯した私に…やり直す資格など…」
 マコトは二人のやり取りを静観していた。口を挟む場面ではない。「リーダーよ」こういう時は、マツブサと繋がりの深い人物が諭すべきなのだ。そう、ホムラのような人物が。
「確かに貴方は決して許されぬ過ちを犯しました。我々マグマ団に対しても、この星の生きとし生ける全てのものたちに対しても。…しかし、だからこそ、やり直して下さい。自らの犯した罪を、自らの人生をかけて。償い続けていく…逃げずにやり直すこと。それが大人として責任を取るということでしょう」
 決して責めてなどいない。ただ穏やかに、諭す。怒ってなどいない。ただ分かってもらいたい、もう道を踏み外してほしくない。そんなホムラの考えが伝わってきた。
「…もし、貴方にその覚悟がおありならば、わたしは…マグマ団サブリーダーのこのホムラは……そんな貴方の側近としてずっとお側にお仕えしますよ」
「……ホム…ラ…………ありがとう」
 和解した二人は微笑み合う。そんな二人を一瞥したアオギリは、どういうわけかマコトの許に歩いてきて、目の前まで来てこう述べた。
「オレらにゃよ、テメェみたいなガキンチョどもにこの世界を受け継がせていくって義務がある…が、その世界ってのが結局のところどんな代物なのかまずはそいつをオレたち自身で見定めねぇとどうにもなんねぇ。みんなで一緒になって創りだせるモンなのか…それとも、やっぱりぶつかりあって争いあって手に入れていくモンなのか」
「……」
「まー、まずはゆっくり考えてみるわ。アクア団もマグマ団も関係なく、オレたち全員でな」
 二カっと笑うアオギリに、マコトは微笑を返す。
「じゃ、私も考えてみますかねー」
「バーカ、ガキンチョはンなこと考えなくて良いんだよ」
「あのですねー、私、これでも十八歳で…」
「十八なんざまだガキだろ」
 笑い飛ばし、アオギリは背を向けて歩き出すと、入れ違いにマツブサがやって来て紅色のたまを差し出してきた。
「藍色のたまを使える君ならば、これも使いこなせるだろう」
 グラードンに持たせれば、例えば戦闘中などの限られた時間においてゲンシカイキをコントロールできる筈と説明を受けて、半ば強引に渡される。確かにもう目的を持たぬ彼よりグラードンを所持しているマコトが持っているほうが良さそうだ。マコトは丁重に受け取った。
 マツブサは踵を返すと、一連の流れを静観していたアオギリが背を向ける。パッと、片手を挙げて。
「んじゃーな!あばよ、ガキンチョ!」
「……さらばだ」
 足並みが揃っているとはいえないが、彼らの意思は揃っている。背中からそう感じられた。「…さよなら」ぽつりと、マコトは呟いた。