50.“ケジメ”

「さて」
 ミクリはマコトに微笑みを送ってから脇を通り過ぎる。
「私はそろそろ行こうかな。問題が終結したといってもアフターケアが必要だからね。……マコトちゃん、本当にありがとう」
「いえ、こちらこそ」
「ふふ。………あとはごゆっくり」
 最後の台詞はマコトではなく、ダイゴに当てていた。ミクリめ、とダイゴの顔が引きつる。これで彼女に怪訝さを与えたらどうするのだと思って彼女を見てみるが、マコトは至って普通そうだった。
 ダイゴはマコトの小さな背中を見つめる。先程はこの華奢な背に世界の命運を預けたのだと考えると、どうしようもなく身震いした。ミクリの言った通り、祠に入る前に自分が彼女に言ったことが彼女の気を楽にしてくれていたのなら幸いだが。
「マコト」
 真っ直ぐ彼方を見据える彼女の視線は、いつかのナギサの海の時と重なった。今、彼女は何を見ているのだろう。ポケモンか、人か、空か、海か。何かダイゴには分からないが、少なくとも遠い何かを見据えていることだけはよく分かった。
 一歩、また一歩とダイゴはマコトに近づく。
「……僕、君に言わなくちゃいけないことがあるんだ」
 言いたくても言えなかった。臆病で、むしろこのままのほうが良いのではないのかと思っていた。たった一言で今の関係が破綻してしまうなら、言わずにこのまま上司と部下の関係で充分だと考えていた。
 だが実際は違った。マコトの身を案じてわざと冷たくしたり、彼女が危険に近づいたりして気づいた。上司のままじゃ駄目だ、充分だとしても満足できない。もっと無条件にマコトを護りたい。上司だから命令するのではなく、大切だからお願いするのだ。
「…マコト」
 傍に居たい。ただの上司としてではなく。
「僕ずっと前から、君のこと…す、」
「済みません!!!」
 (………………は?)何が起こったのか瞬時に理解できなかった。済みませんとは?何に対してだ?
 マコトは頭を下げていたが、バッと顔を上げると言った。
「一ヶ月…ください」
「へ?」
「一ヶ月お暇をください。………ケジメを付けたいんです」
「え?ケジメ?」
 急に何の話だ?という疑問が顔に出ていたのかマコトは俯いてぽつりと話し出す。
「………今までずっと逃げてきました。私が傷つくことが怖くて…他の誰でもない私が。皆のことを考える余裕なんて無くてずっとずっと、私さえ傷つかなければいいって思って目を逸らしてきました。もうあんな思いしたくない、見たくないから平気なふりして…一人でも大丈夫だって言い聞かせてきました」
「……」
「私は皆のことを信じ切れていなかった……そう、だからあの時、シロナさんに負けたんだ…」
 最早独り言だが、それでもダイゴはマコトの言葉に耳を傾けた。
「今までのことを清算してきます。もう後ろを振り向かない為に。だからダイゴさん、一ヶ月…私に休暇をください」
 そう述べて彼女はもう一度頭を下げる。「頭を上げて、マコト」平身低頭など、彼女には似合わない。
「分かった。一ヶ月、あげるよ」
「…ありがとうございます」
「ただし、一ヶ月だけだからね。それ以上は無いから」
「はい」
 決意したマコトの目は今までで一等美しいものだった。それに見惚れていたら不意にマコトがニヒルな笑みを浮かべた。
「…あァ、それからダイゴさんもいい加減ケジメ付けてくださいよー」
「へ?」
「……ま、今日のは私が台無しにしてしまいましたが。とにかく、私はもう行きます。次会った時にはもうちょっと格好良くお願いしますねー」
 ダイゴが口を挟むことなど許さぬように矢継ぎ早に述べると、マコトはムクホークの背に乗って飛んで行ってしまった。「……え!?え、どういうこと?!」彼女の真意を測れず、ダイゴは暫くそこで悶えるはめになったのであった。